02

 

「へえ~、それはそれは良かったじゃないか」


 時間は過ぎて放課後。特に待ち合わせをしたわけでもなかったのだが、下駄箱で湊と偶然会ったので、俺はそのまま帰路を共にしている。そんな中で特に話すこともなかったので、今日の出来事を話していた。


「クラスが一緒になるだけに留まらず、席替えでも隣になるとはね。これは本当に面白くなってきたね」

「相変わらず、他人事だと思って」

「知ってるかい、他人事ほど面白いものはないんだよ。それが幸福であっても不幸であってもね」


 湊は何の悪びれもなく笑顔ではっきりと言い放つ。


「知ってるよ、その台詞をお前の口から何回聞かされてると思ってんだ」

 

 ほんと、いつからこんなこと言うようになったかな。俺が湊を変人と思う理由はこ

ういうところにある。


「悠人は基本的に聞き流しているからね、記憶に定着させてもらえるように定期的に言っておかないとね」

「そんなものを定着させるなら英単語でも覚えたほうがマシだ。というかもう定着してるんだよ、どうしてくれるんだ」


 湊はなははっと笑うだけで何も答えない。とはいえ、俺も冗談で言っただけなので気にしない。


「それで悠人、その後はどうなったの」

「その後って何だよ」

「席替えの後だよ。他に何か話したの?」

「……」


 俺は考え込むように黙る。


「……もしかして、それだけかい?何年振りかに得た話す機会を『よろしく』と『何だよ』の四文字ずつ、合計にして八文字だけ?」

「わざわざ文字数に換算する必要はあるのか?」


 まあ、文字数に換算しようがしまいが、話したのはその二言だけなのには間違いない。


「いや別に、話すこともないし」

「いや何かあるでしょ。他愛もない世間話とかでも……いや、それは悠人には無理か」


 勝手に自己完結した上に、人のことをさりげなくディスるとは失礼なやつだ。確かに俺に他愛もない話を求めるのは間違いだとは思うが、無理と決めつけられては困る。


「はぁ~、まあ悠人らしいと言えば悠人らしいけどね」

「何だよ、俺らしいって」

「相変わらずのチキンぶりってことだよ」


 チキン、つまりは臆病者、この場合は小心者といったところか。まったくもって……まあその通りだと思うよ。


「悪かったな」

「きっとこの場にあこがいたら、間違いなく悠人は殴られているね」


 湊は人差し指を俺に突き付けて、笑顔で言ってのけた。よくもまあ、物騒な話を楽しそうに言えるものだ。被害者は俺だというのにな。まあ、他人事だからな。


「殴られるのは困る」

「いや、もしかしたら蹴りかもしれないね、もしくは絞め技」

「……あいつはそんなに暴力的じゃないだろ」


 多少は手が出て、口は悪く、容赦のない言葉をこれでもかというほど投げつけてはくるかもしれないけどな。


「まあこの辺の説教はあこに任せるとしようかな。僕はそれを見ている方が面白そうだ」


 こいつ……本当にいい性格してるよな。


「何か言いたそうな顔をしてるね、悠人」

 

 そして変なところで勘がいい。


「お前、その性格でよくやっていけるな」

「僕は外面がいいことでは有名だと自負してるよ。というか、それは悠人には言われたくないね」


 湊は大げさに胸を張っている。それはもう誇らしげに。

 確かに、こいつの人付き合いは割と上手にできているからな、余計な心配だったな。


「何だい、僕の心配でもしてくれているのかい?」

「まあな、目の前に反面教師がいるんだからこれからも外面だけはよくして人付き合いを大切にしろよ」

「反面教師の自覚があるなら、変える努力でもしたらどうだい」

「問題ない、手遅れだし、今の自分は気に入っている」


 湊はやれやれといったように首を振っている。


「まったく、いつからこんな風になっちゃったんだろうね。昔はそんな感じじゃなかっただろうに」

「その言葉、そのままお前に返してやるよ」


 思えばいつからだろうか。俺も湊も昔はこんな性格ではなかった。あの時はもっと純粋に生きていたはずだ。時間がたてば人は変わるものだ。それは時間につれて考え方が大人になっていくからだ。大人になればなるほどいろいろなことを覚えて、考えて、知って、そうやって人は成長していく。変わらないほうが珍しいと言えるかもしれない。

 そう考えると、俺たちの関係もそうだ。俺や湊みたいに昔からの知り合いでここまで変わらず付き合いがあるのはきっと珍しいのだろう。いつからか会わなくなったが、ちゃんと他にも仲の良かった奴らだっていたはずだ。しかし、誰がいたかというと名前が咄嗟に出てこない。俺が無常なのかもしれないが、関係なんてこんなものだ。人の関係だって時間と共に変わっていく。

 それこそ、俺と瑠璃みたいにまったく会話をしなくなるような関係に変わったりするのだ。

 などとまあ偉そうに語ってみたが、俺はまだ十五歳。たった十五年しか生きていない俺が何を分かるというのだ。自分で言ったことだが自重しなくてはいけないな。

 とはいえ、目の前のことは事実だ。俺と瑠璃の関係は変わったと、はっきりといえる。


「いつからといえば、悠人は雨辻さんといつからまともに話さなくなったんだい?僕の中では、昔の二人は仲良しこよしのイメージしかなかったけど」


 仲良しこよしって……今どきそんな言葉使うか?


「いつも一緒にいたし、話さないほうが今でも不自然に感じるんだけど」

「そんなに仲良かったか俺たち?俺の中ではケンカしてた記憶ばかりなんだけど」

「ああ、大丈夫、その記憶は僕にもはっきり残ってるよ。二人はよくケンカしてた、というか悠人がよく叱られてたって感じかな。あとは振り回されてたかな」

 

 大丈夫じゃない。叱られて、振り回されてって、俺の恥ずかしい記憶が見事に残っているじゃないか。


「普通に話したのはいつ以来だい?」

「……小学校六年生以来」

「ほんと、快挙だよね。いったい何をしたらこうなるんだろうね」


 何気ない湊の質問に俺は息をのむ。


「……聞きたいか」

「いや、話したいなら聞くけどそれ以外なら聞かない」


 それが俺の様子を見てかどうかはわからないが、正直助かった。もしかしたら話したくない雰囲気が出ていたのかもしれない。


「あ、面白い話ならぜひ聞かせてくれ」


 湊はいたずらっぽく笑っている。

 そんなおどけた様子の湊を見て、フッと笑みを浮かべていた。


「お前ってやっぱり変だよな」

「悠人には言われたくないね」

 

 俺たちは軽口を叩き合いながら、くだらない話は続いた。

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