第二章 きっかけはなぜか突然に
01
五月の上旬、ゴールデンウィークもあっという間に明けて、楽しい楽しい学校生活がはじまっていた。高校生活にも慣れてきて、やっと安心できるという気持ちを持ちながらも、まだ不安を抱えている、これが学生の間でしか味わえない気持ち、いわゆる青春ということなのだろうか。
……とまあ、俺にはまったく似合わない言葉を持ち出すほどに俺は今、動揺している。
それはなぜかと言うと……十分ほど前にさかのぼる。
☆ ☆ ☆
高校ではクラスで話し合うための時間というホームルームというものが設けられている。この学校では毎朝、一時間目の授業が始まる前に行われる十分程度で行われる、SHRと呼ばれるものと、一つの授業として扱われ、週に一回あるLHRと呼ばれるものがある。ちなみに余談だがこの二つの略称をそのまま打ち込んで検索をしても言葉はでてこない。この間、LHRと打ち込んで検索を行ったら、空港の名前が検索結果に出た時は少し驚いた。
まあ、とりあえず今はそのLHRの時間である。授業とは言っても、別に勉強があるわけではないので気楽なものだ。いわば、一週間の息抜きの時間と言っていい。
「よ~しお前ら、突然だが席替えを行うぞ」
そう元気良く言い放ったのは、我らがクラスの担任の上野先生だ。周りでおしゃべ
りをしていたやつらも席替えと聞いて先生に注目している。
「入学してから一ヶ月、学校にもクラスにも慣れてきたところでの……席替えだ!」
周りでは、ちらほらと感嘆の声があがっている。まあ、入学してからのこの時期に席替えというのは決して珍しいものではないだろう。というよりお決まり行事と言っていいかもしれない。
席替えごときでいちいち騒ぐ必要があるのかと心で思いながら、俺は瑠璃の席のほうを見る。
「……そうだね、楽しみだね」
瑠璃は楽しそうに周りの女子たちと話をしているようだ。さすがというか何というか、俺とは違い、普通に話すような友達を作っている。
瑠璃はクールそうな見た目だが、比較的には明るくて気さくな性格だ。だから彼女の周りには自然と人が集まっていく。まったくもって、俺とは大違いだ。
「やれやれ……」
俺はため息をつきながら、手に顎をのせて片肘をつく。
まあ……俺はこれでいいかな。このほうが気が楽だし。
そんなことをしている間に、先生は教卓の上に大きめの箱を置き、黒板に何やら書き始める。
「とりあえず今回はくじ引きな。前に書いた番号が席の場所だから、くじで引いた番号と同じところに移動な」
先生が書き終わった黒板には座席の枠が書いてあり、その中にはランダムで番号が書いてあった。確かにこれなら偶然性が高いうえに簡単な方法だと思う。
「それじゃあお前ら、並んで引け」
そう言った途端に教室は騒がしくなる。我こそは先にと言わんばかりに慌てて席を立つ人もいれば、ゆっくりと立ち上がって並ぼうとする人もいる。中には立ち上がらず堂々と腕を組んで待っている奴もいた。
「並ばないの?」とその周りの友人が声をかけているのが聞こえてくる。
「ふん、残り物には福があるって言うだろ!」とどっしりと構えて座って答える某人物。
……さっさと並んで引けよ。そんなことを心の中で思いながら俺もゆっくりと立ち上がり列に並ぶ。
改めて考えると、くじ引きというのも人それぞれの考えがあって面白いな。先ほどは偉そうにしていたから悪態をついたが、『残り物には福がある』という考え方は確かにある。『人を押しのけ、人と争うことを避ける遠慮深い人間にこそ、幸運が訪れるものだ』、確かそんな意味だっただろうか。きっとあの人も争いを好まず、遠慮をもった素晴らしい人間なのだろう……ということにしておこう。
はたまた、先に並んで引いてしまいたいという考え方。これはまあ、ただ単純に人より目立ちたいと考える人がやりそうなことだが、そう単純なだけではないかもしれない。先に引いた方が自分の生きたい場所のくじが残っているからといったことも考えられる。つまりは、後になるほど不安になるという理由から、先に引きたいという思いが強いのではないだろうか。
そして、いつ引いても同じだろうという考え方。くじ引きなんてものは結局のところは運の問題で、いつ引こうが関係ない。まあ、妥当な考え方で、そんなに面白みもない。大人になればたぶんそういう考え方を持つのだろう。だから大人はつまらないなんて言われるのかもしれない。
まあ、いろいろな考え方はあるが、結局は思い込みの問題に落ち着く。くじを引いて、結果が良ければ自分の考えが妥当だと思い、結果が悪ければ不公平だと思い、文句を言う。いろいろな考えは実のところ建前であり、喜びやくやしさの材料となっている。みんながみんな、思ったところに行きたいのは当たり前なのだ。だから何も考えずに引けばいいのかといったら、それはそれで何も起こらない
くじを引いて一喜一憂しながらいろいろなことを考える。これがくじ引きの面白さであり醍醐味なのかもしれない。
みんながそこまで考えているかどうかは知らないが、見ていてそんなことを考えるほどに面白さを感じる部分があった。
そんな考え事でいい感じに時間がつぶされ、俺の順番が回ってくる。とりあえず、俺の目指す席は一番前じゃなきゃどこでもいい。……できれば窓側だとうれしい。俺にもちゃんと行きたい場所と行きたくない場所があるのだ。
そんなことを心の中で願いながら、俺はくじの入った箱に手を伸ばした。
☆ ☆ ☆
全員がくじを引き終わり、それぞれが自分の位置へと移動した。俺の席はというと窓側の一番後ろ。まさに理想的なポジションと言えるだろう。言えるのだろうけど……
俺は横の席をちらっと見る。視線の先には……瑠璃がいるのだ。
「……」
瑠璃はおとなしくジッと前を向いている。
とまあ、俺の動揺の理由はずばり、瑠璃と席が隣同士になったということだ。
いや、決して嫌と言うわけではない。席のポジション的には最高だし、瑠璃の隣というのもどっちかと言えば嬉しい。……今のような気まずい状況でなければの話だけど。まさか、こんなところで一喜一憂するとは思ってもいなかった。何がくじ引きの醍醐味だ。面白くもなんともないじゃないか。
「……ん?」
すると俺の視線に気づいたのか、瑠璃がこちらの方を向く。そうすると当然、目が合ってしまうわけで、
「「……」」
入学式以来の見事な沈黙が流れる。非常に気まずい。
とはいえ、無視して視線を逸らすのも悪いし、俺が見ていたので俺から何かを言わなければいけない。とはいっても、何て声をかけたらいいんだ?
時間にして刹那……かどうかは置いといて、俺の動揺した頭がこれまでないくらいにフルに回っている。なんて話せばいいかを必死に考えている。というかそんなことを考えている間にどれくらい時間が立ったんだ?
……ダメだ、テンパってるな。
俺は思考することをやめることにした。そしてその結果、
「……よろしく」
絞り出すように出した言葉はたった四文字。
そして俺はふっと目線を横に逸らしてしまう。
ほんと、情けないな。あれから三年もたっているのに何一つ変わらないまま、ここまで来ている。
自分の情けなさを頭の中で反省していると、俺がしゃべってから割と時間がたっていることに気づく。
……なんか、反応がないな。一応はよろしくと言ったのだから、何か反応を示してくれてもいいんじゃないのか。もしかして聞こえてないのか?それなら納得なんだけど……いや、ほかにも考えられる。聞こえているけど無視してる可能性だってないわけじゃない。実際、俺は怒られてもおかしくないようなことは過去にしているし、中学からはまともに会話していないわけだからあり得る。うん、十分あり得る。
気になった俺はおそるおそる顔をあげる。
「……」
すると、俺の予想とは打って変わり、瑠璃は驚いたというか、あっけにとられたような表情をして、俺を見つめていた。
「……何だよ」
あまりに意外な反応だったので、俺は思わず話しかけていた。
「え、あ……ううん、何でもない、何でもない」
俺の声に気づいて慌てていつも通りの様子に戻った瑠璃。
何だ、俺は何かおかしなことでもしたのか?
瑠璃は何か考えるようにしてうつむくと、すぐにうんと頷いて俺のほうを向く。その瞳には何か強いものを感じた。そして一言、
「……こちらこそ、これからよろしく」
席替えで周りの興奮が冷めていない教室。そんな中で俺は目の前の状況以外の時間が止まったかのような感覚だった。
その時、俺は彼女の笑顔を久しぶりに目の前で見たのだった。
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