02

 一ヶ月ほど前、晴れて高校生となった俺は新しい制服に袖を通し、高校という学び舎の門をくぐっていた。

 周りを見渡すと、はしゃいだ様子をみせる生徒もいれば、顔をこわばらせたような生徒もいる。きっと俺と同じ新入生だろう。不安や希望といった感情が目に見えて分かる。

 そんな新入生ならではの醍醐味のようなものを俺は……まったく感じていなかった。

 高校とはどんなところなのか、高校生というのはどんなものなのか、どんな学校生活が待っているのか。そんなことは行かなければ分からないし、行けば分かることだ。

 そんなことを考えながら、周りの雰囲気を平然とスルーして学校に入った。

 校内に入ってもざわざわとした声が廊下にまで聞こえており、そんな声をかき分けながら指定された教室へと向かう。

 教室に着いた俺は、番号を確認して自分の席へと向かう。その間には、いろいろな人たちからの視線を感じた。これから一年を共に過ごす知らない人間だ、仕方のないことだろう。そんな視線もすぐに落ち着いて俺はさっさと席に座る。

 なんてことはない、普通の教室だ。机も椅子も黒板も、中学の時と特に変わったことようなものなんてない。

 フッと一つ息を吐き、俺は周りの様子をうかがう。見ると、中学時代からの友達だろうか、仲良さそうに話している人たちがいる。はたまた、積極的に声をかけていき、名前や学校を訪ねている人もいる。それとは対照的に一人で静かに本を読んでいる人もいる。

 俺もおとなしく本でも読もうかとかばんから本を取り出そうとすると、さっきのアクティブ系の男子が静かに本を読んでいた男子に声をかけていた。


「面倒だな」


 俺は自分のところにやってくる前に退散しようと席を立つ。そのまま注意を向けながら教室を出ようとする。そして振り返った瞬間、ちょうど入ってくる人がおり慌てて歩みを止めた。

「すいません」そう言って俺は視線を上に戻す。


「「あっ……」」


 視線を戻した先でしっかりと目が合う。そこには俺のよく知っている人物が立っていた。

 毛先がところどころ外に跳ねた癖のある髪の毛、すっきりとした顔だち、そして、澄み切った宝石のようなきれいな瞳。見間違えるわけがない。


「……おはよ」

「……ああ」


 遠慮がちに挨拶をした彼女に、俺は伏し目がちに返事をすることしか出来なかった。


「「……」」


 俺たちはそのまま無言ですれ違っていった。


   ☆ ☆ ☆


 雨辻瑠璃。その人物は皆月悠人にとって、とても大きな存在である。俺や湊、あこと同い年であり、俺の数少ない親しい人物だ。……いや、親しかったというべきかもしれない。

 俺と瑠璃は小学校を超えて幼稚園からの付き合いだ。湊やあこよりも前からの知り合いで、おそらく幼馴染という枠組みに入るのだろう。小さいころから一緒にいて、遊んで、何をするにも一緒だったというほどではないとは思うが、それに近かったと思う。

 だけどそれは昔の話だ。正確に言うと小学校六年生のあの時まで。今の俺たちはあの頃のようにはいかない。


「ちょっと、聞いてる?」

「……えっ」


 あこの声で俺は現実に呼び戻されていた。


「えっ、じゃない、私の話聞いてた?」

「あ~……悪い、聞いてなかった」

「まったく……」

 あこは呆れたようにため息をついた。


「まあまあ、悠人が人の話を聞いていないなんてよくあることじゃないか。いや、むしろ聞いていないほうが多いかもしれないかな」


 湊が俺のことを言いたい放題言っている。さすがにいいすぎじゃないか、俺がそんな人間だったらまともな生活なんて送れていなさそうだ。

 すると、そんな俺の考えを読み取ったのか、湊は理由を付けたしてきた。


「だって悠人は興味のないことにはとことん興味ないでしょ。興味のない話だとよく適当に流しているじゃないか」

「それ分かる。悠人ってば人が話してるのに『ああ』とか『そうだな』ぐらいしか答えない時があるし」

「最悪の場合は無言で聞き流してるよね」


 湊だけでなくあこまでが、再び俺のことを言いたい放題に言い始める。

 俺ってそんなにひどいのか?ちょっとは反省しようかな……ちょっとだけ。


「でも、それなら湊、お前のほうがそれは激しいだろ。お前だって興味のないものに関心は向けないだろ」

「僕は大人だからね、興味がなくても話ぐらいはちゃんと聞くさ」

「俺が大人じゃないみたいに言わないでくれるか」

「あんたは十分に大人でしょ。そんなひねくれた子供がいたら困る、子供の印象が悪くなる一方でしょ」


 フォローしたかと思えばいきなり蹴落とされる。相も変わらず、あこは容赦がない。

 このままだと、俺への攻撃がやまないので、俺は話題を元に戻す。


「それで、あこは何の話をしてたんだよ」

「あ、逃げたね悠人」


 うるさい、黙れ。からかうように笑みを浮かべている湊に、俺は心の中で文句を言う。


「瑠璃のことよ。教室に忘れ物したから取りに行くって言ってから戻ってこないんだけど、何か知らないかなって」

「俺が知るわけないだろ」

「薄情ね~、幼馴染でしょ」

「世の中の幼馴染がどいつもこいつも仲がいいわけじゃないんだよ」


 俺の言葉に少し沈黙が流れてしまったが、すぐに話は再開した。


「まあいいや、湊は見てない?」

「いや、ここには帰りのホームルームが終わってから来てずっといるけど、僕が来た時には雨辻さんはもういなかったし、その後もここには来てない」

「俺も同じく、湊が来る前に教室から出てったとこまでは見た」


 俺がそう言うと、あこは俺のほうはじっと睨んでいた。


「……何だよ」

「……ちゃんと見てるじゃない。興味がないんじゃないの」

「知らないことを知らないって言っただけだし、見たものをそのまま伝えた。それの何が不服だ」

「不服なんてないわ、でも興味がないわけじゃないみたいね」

「さあな」


 そんな答えを返した俺を、あこは何か嬉しそうに見ていた。なんだ、なんだか……気色悪いぞ。

 まあいい、これ以上話すこともないし、瑠璃のことを聞かれるのも面倒だ。それに……長居してると悪いからな。

 俺は机に置いてあった本をかばんにしまい、席を立ちあがる。


「あれ、帰るの?」

「いい時間だからな、話すこともない」

「そう、私はもう少し瑠璃を待ってみる」

「僕もまだ残るからお先にどうぞ。あ、一人でも帰れるかい?」

「うるさいよ」


 湊の軽口を背に俺は教室を出ていく。そしてそのまま昇降口に向かうために階段の方へ歩いていく。この学校は四階まであり、一年生の教室は二階に配置されている。そのため俺たち一年生は非常に楽だ。四階まで登る三年生のことを考えると気が滅入る。

 昇降口にたどり着き、俺が下駄箱から靴を出していると、ズボンのポケットから振動が伝わってくる。どうやら携帯に連絡が入っているようだ。靴を履き替えてから携帯を確認すると湊からのラインが入っていた。


「気の使える男は苦労するね。雨辻さんは見つけたよ」


 最初の言葉は余計だが、まあ、俺の考えが当たっていたようで何よりだ。

 俺の思っていたことというのは、別に大したことじゃない。瑠璃は忘れ物をしたから教室に行くとあこに言った。だけど俺たちは見ていない。ということは、おそらく俺がいたから瑠璃は教室に入るのをためらった、それだけだ。たぶん、俺が出て行った後に瑠璃は教室に行ったんだと思う。

 教室にやって来たと言わなかったのは湊のやさしさなのだろうか……。


「……帰るか」


 それにしてもあいつら、本当に言いたい放題言っていたな。特にあこのやつ、薄情者とは心外だ。確かに俺は関心を向けないが、周りを見ていないわけじゃない。

 ちゃんと見てるだの興味がないわけじゃないだの、そんなの当り前だ。

 

 なぜなら俺は……

 

 皆月悠人は、雨辻瑠璃のことが好きなのだから。

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