あの日、あの時、あの恋を

白咲蓮音

第一章 すれ違いの日々

01


 春は出会いの季節だという言葉を聞いたことがある。それを聞いて俺は、『出会いは偶然ではなく必然である』という言葉を本で見たことを思い出す。

何でも、どんなに自分にとって嫌いな人間だとしても自分がその人を引き付け、出会うべくして出会っている。だから、今出会っている全ての人達はすべて自分の人生の中で必要な人たちであるそうだ。

確かに納得できる部分はあるが、それはロマンチストの考え方だ。実際の人間はそんな感覚は持っていない。

出会いなんてものが自分にいろいろなものをくれるなんてその場で思える奴なんているわけがない。

現に俺だって、出会いなんてものに期待のかけらも持ってはいない。

出会ってしまったら、人間なんて余計な干渉をするだけの邪魔ものでしかない。


「いやいや悠人。それはちょっと言いすぎでしょ」


 そう答えたのは、今、俺の目の前に座っている俺の旧友こと立花湊だ。

 俺たちは今、放課後の教室で向かい合って話をしている。

 周りには誰もおらず、俺と湊の声がよく響いている。この二人きりの状況がもし男子と女子ならば絵になりそうなものだが、残念ながら現実は違う。


「そうだな、邪魔ものはひどすぎた。厄介ものだ」

「それならだいぶマシに……なっているようには思えないね。うん、ダメだね」


 そう言いながらも、湊は割と楽しそうに笑っていた。

 立花湊。さんずいに、奏でるという字でみなとと読む。

 旧友も旧友。こいつとは、中学どころか小学校からの付き合いだ。短髪のはねたような栗毛が笑うたびに揺れている。

 どこがそんなに楽しいのかはよく分からないが、まあ楽しんでいるのならば何よりだ。

 こいつを一言で説明するのであれば、まあ、変人だ。

いろいろと変わったところがあるのだが、その一つを挙げるとすれば俺と関わっていること。自分で言うのもあれだが、たぶん俺も変わっているという自覚はある。類は友を呼ぶというのはあながち間違いではないのかもしれない。


「悠人、僕以外に話す相手はいるのかい?心配だよ僕は」

「心にもないようなことを口にするな」

「なははっ、さすがにバレるか」


 そんな様子の湊に呆れて俺はため息をつく。


「言っておくけどな、俺は別に人嫌いなわけじゃないぞ。干渉するなと言っているわけでもない」

「知ってるよ。悠人は余計な干渉が嫌いなだけなんだろ。関わりがないわけじゃない」


 その通り。さすがは長い付き合いなだけはある。もし俺がそんな人間だったなら、目の前の数少ない友人ですら存在していない。

 人間である以上、人との関わりというものは持たなくてはならないものである。でも俺は必要以上の干渉はされたくない。だから俺は人に干渉しない。

干渉しなければ干渉されることは少ない。

『余計なことに干渉せず、干渉されず』これができるのならば、きっと俺は平和に生きていけるのだろう。

 そんなことを考えていると、俺の思考を読み取ったかのように湊は呆れたようにため息をつく。


「この様子なら、皆月悠人のここまで一か月ほどの高校生活に素晴らしく良き出会いはなさそうだね」

「まあな、お前の思うような面白い出会いは訪れなかった。残念だったな」

「そんなことはないさ。僕からしたら面白そうなものはあったじゃないか。例えば、

悠人の幼馴染は僕の面白いと思う出会いとしては最高だ」 

「……お前はな」


 俺は思わず机にうつぶせいていた。それが誰のことを指していて、ついでに言えばどんな人物かということもよく分かっている。 


「いい加減、話せるようになったの?」

「……」

「沈黙ってことは話せてないってことでいいのかな」

「……いいだろ別に」

「はぁ~、まったく」


 湊は情けないと言いたそうな顔で首を振っている。一方の俺は、触れてほしくないという思いから窓のほうに顔を背けている。

 窓の外にはこの学校のグラウンドが広がっていて、そこではおそらくは部活動であろうことを行っている。野球にサッカー、ソフトボールと来れば誰でも分かる。

そんな部活動にいそしんでいる生徒のやかまし……活気に満ちた声がこの教室にも響いてきていた。


「いいところに見つけた」


そんなことを考えていた折、教室のドアが勢いよく開き、誰かさんがやかまし……元気な声と共にやってきた。

 とはいえ、その誰かさんも大体の見当はついている。

 俺はゆっくりと窓のほうから視線を声のほうへと向ける。


「まったく、二人は高校に入っても一緒?そんなんじゃ友達ができないよ」

「余計なお世話だ」

 俺はあっさりと言い放つ。

 入ってくるなり失礼なことを言い放ってきたのは、これまた小学校から付き合いのある昔からの知り合いである。名前は白河あこ。見た目はボーイッシュで身長は160センチくらいでボブカット。しかしまあ、れっきとした女子である。その証拠というのもあれだが、ちゃんとスカートもはいており、一般的に見れば、人目をひく顔だちをしていると思う。


「僕を悠人と一緒にしないでくれよ。そんな心配されるのは心外だよ」

「わかってるよ。私が言ってるのはこいつにだけだ」


 人をこいつ呼ばわりするのはいかんせんどうなのだろうか。俺だからいいものの、ほかの人だったらどうなっていることやら。


「それで悠人、実際のところはどうなの?」

「別に。少し話す程度の知り合いぐらいならいるし、どうにかなるだろ。なんか困ったときに使える人間くらいなら作れるさ」

「あんたね……」


 あこは呆れたようにため息をつく。


「何だお前らは。俺がそんなに心配か?」

「「いや、全然」」


 二人とも口をそろえて否定する。

 まったくもって……少しは心配しているのかと期待してしまったじゃないか。


「私はそうだと思ったから聞いたの。そうじゃなかったら逆に心配になる」

「言われてみれば確かにそうだ。それこそ天変地異の前触れかって驚きそうだね」


 こいつら……さっきから言いたい放題だな。まあ、それも今に始まった話ではないし、自分にも非があることは重々承知しているので言い返したりはしないが。


「いや、さすがに天変地異は言い過ぎたかな。うん、ここは激甚災害に言い直しておこう」

「話のリアリティがずいぶん増したな」

「さすが悠人。こんな言葉を知ってるなんて、変態だね」

「うるさい、そんなこと言ったらお前もそうだろ。あと、いろんな人に謝れ」


 言葉を知っているくらいで変態扱いされては困る。確かに普通に出てくるような単語ではないとは思うが。


「湊、『ゲキジンサイガイ』ってなに?」

「ん、それはね……」


 一人、首をかしげいていたあこに湊は説明をし始める。

 激甚災害というのは確か、災害の中の枠組みで割と大きなものを指す言葉だ。人力やお金といった援助を特に必要とされるほどの著しい被害を及ぼすような災害を指していて、その程度は法律によって指定されている。

 とまあ、言葉の説明をするのはいいが、どうしてこんな言葉が出てくるのやら。言葉の勉強をしているんじゃないんだ。


「へぇ~なるほど……」 


 湊の説明を聞いていたあこは、納得したようにうなずいていた。まったく、これは何の時間だ。

 俺は呆れながらもう一度窓のほうに視線を向ける。

 日はだんだんと暮れてきていて、赤い夕焼けの空が視界に広がっていた。時計を見ると五時半を少し過ぎたくらいだった。だんだんと明るい時間が長くなってきているのだなということをしみじみと考えていた。

そんな風情を感じるような中でまったりとしているこの時間は嫌いではない。二人の声も決して騒がしくは感じない。いつも通りのことだ。


「ところで、あこはここに何しに来たんだい?」

「あ、そうだった!」


 あこは、ハッとしたように手をたたく。

「二人とも、瑠璃を見なかった?」


 その名前を聞いた瞬間、俺の穏やかでまったりとした時間は一瞬にして止まってしまった。

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