第4話
次に馬場さんから話かけられたのは、それから数日後の放課後だった。
授業が終わるなり足早に近づいてきた彼女は、開口一番こう訊ねる。
「あのレシピって、間違ってないよね?」
「えっ?」
いきなりのことだったので一瞬戸惑ったが、彼女が何を言いたいのかわからないほど鈍くもない。
もちろん、先日教えたハンバーグのレシピのことだろう。
とは言え、ちょっと戸惑ってしまう。
「間違って……って、どういうこと?」
「あれって、相川に教えたのと同じレシピなんだよね?」
「その、つもりだけど……?」
小匣先生に聞いたレシピをスマホにメモって、それをコピペしたのをメッセージアプリで送った。
相川さんも馬場さんも同じ方法だったから、聞き間違いとか伝達ミスとかはないはずだ。
意図的に違うレシピを送ったのではない限り二人に伝えたものが違うものになるはずもないし、わたしにそんなことをする理由もない。
そのあたりのことは馬場さんだって承知しているだろう。
それでも彼女は、「そうだよね……」と呟きながらも、難しい顔つきで首を捻ってしまっている。
「……もしかして、あんまりおいしくなかった?」
つい、そう訊ねてしまった。
「あ、そういうわけじゃ……」
馬場さんは慌てて否定しようとしつつも、途中で口ごもってしまう。
「……わたしはおいしかったんだけど」
馬場さんのその口ぶりが気になり、「わたしは?」と訊ねてしまった。
彼女もそう訊かれることは承知の上だったのだろう、すぐに言葉を返してくる。
「近田が『これじゃない』って」
これじゃない、ねえ……。
つまりそれは、「元カノに作ってもらったのは、もっとおいしかった」ってことだ。
わざわざお弁当作ってもらっておいて、ずいぶんな口ぶりじゃないか。
ひとり憤慨するわたしをよそに、馬場さんは首を捻っている。
「昨日も作ったんだけど、反応がいまいちだったんだよね。あたしがなんかミスったのかなと思って、慎重にレシピを確認しながら今日も作ってきたんだけど……」
「やっぱり、近田くんは違うって?」
「うん」
ふーむ。
確かにそれはちょっと不思議だ。レシピ自体が間違ってるんじゃないかと馬場さんが思ってしまったのも無理はない。
でも……。
「でも、馬場さんに教えたのも相川さんに教えたのも、本当に同じレシピだよ? 相川さんにレシピ送った時のログもあるけど……見る?」
スマホを取り出しながら念のために訊ねるわたしに、馬場さんは苦笑をしながら首を振った。
元より彼女だって、わたしが嘘を教えたとか思っていたわけではないのだろう。
とにかく不思議で、どういうことなのかわからないから、心当たりのあるところに訊いてみたといったところなのだと思う。
気持ちはわかる。
確かに不思議だ。同じレシピを使って同じように作ったはずなのに、味の差がでている。
どういうことなのか、と考え込んでしまうのも無理はない。
「例えばだけど……材料の差かなあ」
首を捻る馬場さんにわたしはそう告げた。
「材料? でも、もらったレシピに書いてあるのをちゃんと使ったよ?」
「それはそうなんだろうけど、レシピには『合挽き肉』とか『たまねぎ』とかしか書いてないでしょう? でも、ひき肉にもたまねぎにももいろいろ種類があるからさ」
「それは、値段が高いとか安いとかそういうこと?」
「うん、それもあるよね」
お肉なんかは上を見だしたらきりがない。100g100円以下で買えるような特売品もあれば、数千円にもなるような高級ブランド肉もある。
値段だけがおいしさの基準ではないけれど、やっぱり高いお肉なんかは高いなりにちゃんとおいしい。
その材料の差で味に差が出ている――と、考えられないことはない。
……ことはないのだけど、うーん。
「相川はそういう高い肉を使って作ったってこと?」
「いや、まあ……実際はハンバーグを作るのにそんな高級ブランド肉を使うとも思えないけど……」
焼肉だとかステーキだとか、お肉を直接食べるというならまだしも、ミンチにして下味をつけて捏ねるような行程をたどるハンバーグだと、ちょっとやそっとの差では味の違いなんてほとんどわからない。
違いがはっきりとわかるレベルのブランド肉となれば、お手軽に近所のスーパーで買えるものでもなくなってしまう。
相川さんがそこまでしたのかどうかと考えると、ちょっと疑問だ。
他に考えられるのは、合挽きの混合率の問題。
レシピには、『合挽き肉』としか書いていなかった。
でも、合挽き肉っていうのは、牛ひき肉と豚ひき肉を混ぜたものだから、牛と豚との割合で味も変わってくる。
スーパーで『合挽き肉』と銘打たれて売られているものは、牛豚が1:1の割合のものが大半だけど、ハンバーグにはどういう割合が向くのか、みたいな話はいろんなところで聞く。
2:1がベストだとか、いや牛100%だとか、豚のみでもうまいとか、諸説紛々だ。
相川さんが、自分で牛ひき肉と豚ひき肉を使って、ベストなバランスを見つけ出したのだ……とは考えづらい。
ただ、スーパーにも『ハンバーグ用合挽き肉』なんていう風に、牛豚の割合が異なるひき肉が売っていたりもする。
相川さんがそれをつかったという可能性もなくはない。
他にも、例えばたまねぎなんかは多くの品種がある。
黄色系か白系か赤系かで、味にも差が出てくる。一般的なのは黄色系で、何も考えずに買い物をすれば大体は黄色系のたまねぎになるとは思うけど、これだって断言はできない。
それ以外だと、お塩やコショウなんかの調味料も品種や良し悪しがある。
同じレシピを見て作ったとしても、相川さんと馬場さんとで、使った材料のすべてが同じになるという可能性のほうが低いはずだ。
結果として、二人のハンバーグがまったく同じ味になるなんてこともないだろうけど……。
「近田くんって料理の味にうるさいほうなの?」
我ながら唐突な質問だ。
馬場さんも一瞬戸惑った様子だったけど、わたしの意図もすぐに把握したようで、
「いやー、そんな感じでもないけどね。だって、ファストフードのハンバーガーとかだってうまいうまい言ってるよ?」
ファストフードのハンバーガーだっておいしいのはおいしい。
けど……まあ、近田くんがそれほど食にこだわりがあるほうでもなさそうだというのはわかる。
だけど、そうなるとますます不思議だ。
仮に近田くんが食べ物にこだわるグルメなひとだったりするなら、二人のハンバーグの微妙な差にも気づくかもしれないが、食にこだわりのないひとなら細かい食材や調味料の違いには気づかない気がする。
気づいたとしても、いちいち口に出したり(ましてや、わざわざそれを彼女に伝えたり)しないんじゃないだろうか。
それに相川さん。
二人のハンバーグの味の差が、食材の差によるものだとするのなら、相川さんはかなり厳選した食材や調味料を使ったということになる。
おいしいお肉やハンバーグに向いた混合率、お塩、コショウ、ナツメグ、そういったものを自分で選び探して、ハンバーグを作ったというわけだ。
でも……そんなことができるひとが、わざわざ他人にハンバーグの作り方を訊いたりするだろうか?
「うーん……」
考え込んでしまったわたしを見て、馬場さんが少し困ったような微笑を浮かべた。
「なんか変なこと訊いちゃったみたいでごめんね」
「ううん。気になるのは当たり前だよ。て言うか、わたしも気になる」
「単にあたしが変な作り方しちゃっただけかもだし、あんま気にしないで」
「う、うん……」
正直言うと、わたしはこういうこと結構気になっちゃうほうで、本当は気にしまくりたいところなのだ。
とは言え、当事者をそっちのけにグイグイ行くわけにもいかない。
「一応、原因がわからないかは考えてみるよ。何かわかったら馬場さんにも知らせるね」
「ん。ありがと」
実はこの時。
律儀にぺこりと頭を下げた馬場さんを前にして、わたしは申し訳ないことに「いい口実ができたなー」とか、思ってしまっていたのだ。
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