Thesaurus

くるみ

悪戯と喧嘩



「ティアー!!」



ルークは彼女が出て行った扉を力任せに押しのけ店を出た。彼らしくないが一言謝りたかったのだ。

あれだけ優しく何事も嫌がらずに頑張る彼女が怒った理由が自分のちょっとした悪戯に対してだったから。



「くそッ、何処に行きやがった」



この寒空の中、薄着のワンピースのまま飛び出して行ったのだ。寒くないはずがない。

それに加え、贔屓目なしに見て可愛いティアのこと。知らない男共が放っておくはずもないのだ。


それが余計にルークの不安を煽る。

自業自得と言えばそれまでだが、それ以上に彼女を大事に想うルーク。



「ティアッ、何処だ?!」



無我夢中になって彼女を探す。

その姿はさながら悪逆非道と恐れられた、アシュリー・ルークではなく一人の男だ。




————————————……




一方その頃。

ティアは一人街を歩く…否、彷徨っていた。



「……ここ、何処だろう」



元々方向音痴の彼女。出掛ける時は誰か(グレイスが無理矢理ついて行かせたメイド)が傍に居たこともあり、滅多に一人になることがなかった為忘れていたのだ。


ティアは自分が迷子なのだと気づいた途端に急に寂しさが襲ってきた。



「ルーク……」



そんなときに思い出すのは彼の顔。

あんな光景を見てもまだ心から離れないのだ。



「本当に、馬鹿みたい…」



ポツリと呟いたそのとき、



「へへっ、本当に馬鹿だなぁ!」

「こんな時間に嬢ちゃん一人だなんて危ないねぇ〜」

「ぐへへっ、相手してくれよ!」



見るからに怪しい男達がティアの周りを取り囲んだのだ。



「近づかないでっ…!」



ティアは必死で戦おうと太腿に忍ばせたダガーを抜く。けれど所詮は女。複数に囲まれ、思い切り腕を掴まれれば身動きが取れなくなる。



「やっ、やめて…っ…!」



焦りと恐怖があいまってティアの頬に涙が伝う。



「涙なんて流して可愛いね〜。

でも俺たちにとっちゃ、そそる材料でしかないがな!」



今もなお脳裏に浮かぶ彼の顔。



(助けて……)



「ルーク…っ!!」



ティアの頭に浮かんだ彼の名。



「ルーク?」

「助けて、ルークッ……!」



一心不乱に抵抗するティアだがその様子を鼻で笑う男達。



「ルークって冷酷な殺し屋で恐れられてたアイツか?」

「なわけねェ!アイツがひ弱な女を連れるなんて馬鹿なことねぇ!」

「はっ、違いねぇな!」



“ひ弱” その言葉がティアに突き刺さる。

組織におけるトップの娘ということを背負い、誰にも負けないようにと特訓を積んできたにもかかわらずそんな侮辱的発言をされるとは思わなかったからだ。



「……」



悔しさから体が動かないティア。



「お?急に大人しくなったぞ!」

「やっと観念したか!」

「はははっ、じゃあ遠慮せず…」



もう駄目だと、ぎゅっと目を瞑るティア。その刹那…—



「ティアッ!!」

「……っ?」



耳を擽る聞こえる筈のない声。けれど絶対に間違えることはない。本当の家族のように慕い、想う彼の声。



「……ルーク」



追いかけて来てくれたのだという嬉しさから、小さく漏れる声。



「ひぃぃ、本物だ!!」



まさか本当だとは思っていなかったルークの登場に恐れおののく男達。



「てめェら……。

死ぬ覚悟は出来てるだろうな?」



ルークから発せられたのは今までに聞いたことのない程ドスのきいた声。



「死にたくなけりゃその手どかせ」



ルークはティアの腕を掴んでいた男の手をミシッと骨の音がするまで握りしめた。



「ぐあああっ!!」



その衝撃に腰が砕けたのか男はティアの手を握ったままへにゃりとその場に崩れた。



「なっ、何もしてねぇ!」

「その女が泣いてたから慰めようとしただけだ!まだ手は出しちゃいねぇよ!!」



生で見る彼の冷酷さに恐怖し怯える喚き声にルークのイライラはピークに達する。



「3秒だ」

「「「 え? 」」」

「3秒以内にこの場から失せろって言ってんだよ…」



そう言うと同時に彼は自分の手に二丁の拳銃を握りしめた。



「「「 ひぃぃやぁぁ!! 」」」



流石と言うべきだろうか。

男達は一目散に逃げて行った。



「….…あ」



やっと恐怖から解放されたティア。

けれどそこに流れるのは重たい空気。



「……あ、あのルーク」



俯いたまま、ぎゅっとルークの袖を掴む。



「た、助けてくれて…ありがとう。

それと、勝手に飛び出してきて…本当に…」



ごめんなさい、そう言うはずがルークの大きなゴツゴツした手に口を押さえられ、言葉は遮られる。

そして次の瞬間、



「………悪かった」

「………?!」

「あんな女、俺が相手にするか。俺が守りたいのはお前だけだ。あんなことしたのはちょっとした悪戯だった…」

「……」

「だから、許せ……」



思ってもみなかった彼の謝罪と弱々しい表情。ティアの心には嬉しさと切なさが芽生える。



「……」

「おい、まだ怒ってんのか?いい加減なんか言え…」



そう言うルークだが、自身の手でティアの口を塞いでることを忘れているようだ。



「……んんっ」



手を退かして欲しいという意味を込めてルークの手を指さすティア。



「悪い…」



そう言って気まずそうに視線を逸らすルークに思わず笑みが溢れる。

彼らしくない、ただその言葉がぴったりと当てはまる。



「怖かった…」



だからなのか、ティアもいつもは言わないようなことを口にしルークを困らせている。



「だからお願いがあるの…」

「お願い…?」

「ぎゅってしてほしいの…」



そう言って手を伸ばす。



「……しょうがねェな」



ルークは満更でもない表情で伸ばされた手を取り引き寄せる。



「ルーク、ありがとう…」



落ち着く香りに顔を沈め、強く抱きしめる。この温もりを離さないように強く強く。



「好きな女を助けるなんてどうってことねェ」

「うん、大好き」

「俺も愛してる」



そんな甘い時間が続く。



「……くしゅん」



と思いきやその雰囲気に合わない間の抜けたくしゃみ。



「何も羽織らないで来ちゃったから少し肌寒い…」



明るく元気なティア。先程のことを全て忘れてしまったかのようだ。



(本当に…。可愛いやつ)



ルークの頭を占める目の前にいる少女への想い。きっと彼はもう随分と優しくなった。壊したいものは何でも滅茶苦茶していたあの頃に比べて…。



「ほら、帰るぞ」



ルークは自分の羽織っていたコートをティアに掛ける。



「あっ、えと、でも……」



ティアは自分に掛けられたコートに戸惑い、上目遣いになりながらルークを見る。



「いいんだよ、行くぞ」



そう言う彼の顔はほんのり赤くて、それを見て心が踊るティアはかなり単純だ。



「早く戻らなきゃグレイスが心配しちゃうね」

「あぁ、誰かが勝手に出て行ったりするからな」

「そ、それはルークが…!」



そう言って彼の背を追いかけると差し出される手。



「ほらよ」

「え……?」

「何処かに行っちまわないよう…。

リードみたいなもんだ」



そう言う彼の顔は先程よりも赤みを増していた。



「……ふふ、ありがとう」



ティアが思うことはただ一つ。



今はただ……。

この温もりを離さないように。


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Thesaurus くるみ @yume_koi

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