3章第2話 彼女が彼に伝えたかったこと



「『私ね、貴方の人生を縛りたくないの』」

「え?」

「『並んでずっと胸を張って歩いて、一緒に愛を育てていきたいの』」

「た、谷本さん?」

「『それができないなら、私は空から貴方のことを見守りたい』」


 もしかして、彼女さんの言葉?


「『貴方の人生を縛るのは、私のワガママであって愛じゃないでしょう?』」


 普段の話し方と違って戸惑ってしまったけど、彼女さんの言葉を思い返しているのかもしれない。

 私は谷本さんの邪魔をしたくなくて、黙って聞いていることにした。


「『私は貴方のことを恋し愛しているから、貴方の人生を悔いなく生きてほしいの』」


 私は、京子さんのことは何一つ知らない。

 でもわかる。

 京子さんは、とても強く谷本さんのことを愛していたって。


「俺は……もう恋愛はできないかもしれない。

最初で最後にでっかいものをもらっちゃったから」

「谷本さん……」


この『でっかいもの』とは愛だろう。

谷本さんはここで京子さんから大きな愛を受け取ったんだ。


「俺はもらってばかりだ。

それに気づかなかった。

これから人を恋し愛せるか自信がない。

それに、もらってばかりの俺には、誰かを恋し愛する資格はない」


 それは少し悲しいと思った。


「谷本さんのことを好きだという人が現れたら?」

「俺よりいい男がすぐに見つかるよ」


 ばっさりと。

 その効果音が合ってるほどにばっさりと言われてしまった。

 でも……このまま、ずっと京子さんへの想いと未練に縛られて生きていくのだろうか?

 それは悲しすぎる。


 けど、私は谷本さんのように真剣に恋愛をしたことがない。

 誰かを恋し愛したことがない私が何かを言えるだろうか?


「あ!」

「え?」


「『私ね、貴方の人生を縛りたくないの』」

「それは……」


「谷本さんは、京子さんの想いを裏切るんですか?」

「俺は死なない!」

「そうじゃないよ! 京子さんは、『見守ってる』って言ってるもの!

京子さんが縛りたくないって言ってるのに、谷本さんが縛られてるのは、京子さんへの裏切りじゃないんですか!?」


 京子さんのことは知らない。

 でも、谷本さんのことは少し知ってる。


 知ってる人が悲しいことを言うなんて。

 知ってる人を愛した人が悲しむことをするなんて。


 そんなの、悲しすぎるよ……!


「そうだな……ありがとう。

君に出会わなかったら、俺は彼女の気持ちを裏切ったままだった」

「は、い」


恥ずかしいな。

私は関係ないはずなのに、泣きそうになっちゃってる。

鼻声になってるから、泣きそうなのは谷本さんにもバレちゃってるよね。


「今すぐには無理だけどさ、俺は俺で生きていくよ」

「はい」

「俺もいつかは誰かを恋し、愛せるようになると思うけど、今すぐじゃない」

「はい」

「そのときは……いや、なんでもないよ。

写真撮るから、佐藤さんはここに立って」

「え? わ、私ですか?」

「せっかくだから、ね」

「え、えぇ~……」


 正直そんな気分にはなれなかったけど、谷本さんの中で何か吹っ切れたようだったので、断りにくくて。

 私は、谷本さんが示した場所に立った。


「はい、チーズ!」


カメラのシャッター音が静かな場所に響いた。

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