2章第2話 夏、花火、告白

「静かになったところで、シメは線香花火でしょ」

「そうなんですか?」

「そういうものだよ」


 谷本さんは、大きな袋から花火セットとバケツを取り出した。


「いつの間に……」

「気づいてなかった? ずっと持ってたよ」

「花火大会の勢いがすごくてそれどころではなく……」

「佐藤さんらしい……かな? 線香花火だけ買うのも味気なかったから、花火セット買ったんだけど、やる?」

「じゃあ、やります」


 それから二人して花火を楽しんだ。

 子供の時以来久しぶりだったで楽しくて、あっという間に最後の線香花火だけとなってしまった。


「本当は俺、この浴衣来て、彼女とこの花火大会に行くはずだったんだ」



 いきなりぶっちゃけてきたな、この男。



「失恋ですか?」


 でも『私もです』という言葉は続けることができなかった。


「失恋というか、死なれたんだよ」

「え……?」

「つい2週間前に、自殺で。

彼女とやりたかったことを代わりに佐藤さんに押し付けてしまったみたいで、ごめんな」



 謝られても、どうしたらいいのかわからない。

 それに、突然すぎる。


「押し付けられたとは思ってないですよ! 楽しかったのは本当です」

「ありがとう。

俺も佐藤さんといて楽しかったのは本当だよ。

本当は昨日、死ぬ前に思い出の場所巡りをしようとしてたんだ」


 私とぶつからなかったら、今頃、谷本さんは死んでいたのかもしれない。

 昨日感じた【消えちゃうような感じ】は、気のせいじゃなかったんだ。



「私は昨日失恋したんです。

告白する前にフラれてしまいました。

私の場合は憧れのようなものだったので、谷本さんと比べると辛くないんですけど……」



 ぶっちゃけられたので、私もぶっちゃけることにした。

 でも、そこで、私は小さいことで悩んでいたんだと気づかされた。



 本気の恋愛じゃなかった。



 谷本さんは、本気の恋愛をして、彼女を失ったショックで死のうとするくらいなのに、私は憧れに近いもので、ショックも大きくなかった。


 ぶっちゃけたことを少しだけ後悔した。

 そんな自分が少し惨めだった。

 失恋した時に出なかった涙も、本気の恋愛じゃなかったから。

 今泣きそうなのは、惨めな自分が辛かったから。



「比べるものじゃないよ。

どんな形であれ、気持ちが届かなかったのは辛いことだと俺は思う」


 だから、谷本さんにそう言われて、救われたような気がした。


「出会いは偶然だけど、あのとき佐藤さんと出会ったことには感謝してるんだ。

死にたい気持ちが少し楽になった」

「私も失恋の辛さが楽になったので、谷本さんと出会ったことには感謝してるんです」

「そうか……」


 谷本さんは、少しだけ俯いて黙ってしまった。

 少しだけ、この沈黙の時間が辛い。


「これから、谷本さんはどうするんですか?」


 『死ぬんですか?』とは聞けなかった。

 言葉にしたら、谷本さんが本当に死んでしまうような気がした。

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