1章第5話 約束



 食べ終わり、食後のコーヒーを飲んでいると。


「久しぶりにちゃんとしたご飯食べた」

「お仕事忙しいんですか?」

「それもあるけど……」


 けど……なんだろう?

 なんか引っかかるなぁ。


「ああ、なんでもないよ」



 ここにいるはずの谷本さんが、消えてしまうような気がした。



 さっき感じた【消えちゃうような感じ】は気のせいだったのか、私たちはカメラや写真についての話で盛り上がった。

 谷本さんは私以上にカメラや写真について詳しくて、カメラの設定も含めて色々な撮り方を教えてくれた。

 谷本さんは、私が年下なのもあって、しばらく話しているうちに敬語もなくなってきたみたいだった。


 ちょっと親近感。

 私にはお兄ちゃんはいないけど、お兄ちゃんがいたらこんな感じなのかな。

 それにしても、谷本さんが教えてくれた技術、早く試してみたいなぁ。

 明日から夏休みなんだし、いっぱい撮ってみようかな。


「あ」

「ん?」

「SDカード、買い忘れた……」

「あー……もうお店閉まっちゃったか」


 谷本さんがスマートフォンの時計を見て残念そうに眉を下げた。


「明日から夏休みで写真いっぱい撮ろうかなと思ってますし、明日は早く出かけるので気にしないでください!」

「そっか~大学生は夏休みか。

夏休み長いんだろ? いいなぁ……」


「お盆休みとかはあるんですか?」

「あるけど、今年はお盆休み早めにした上にたまってた有給も半分使ったから、もうあんまり休み残ってないんだよ」


 聞けば、お盆休み7日間に有給を全部使ってお盆休みにくっつける形で休みを取ったので、あと16日間の休みらしい。


 全部合わせると1ヶ月とちょっと。

 私たちの夏休みと対して変わらない期間だ。


 そんなに一気に長い休みを取る理由が何なのか気になる。

 でも、『仕事が忙しくてなかなか有給が消化できない』ってお姉ちゃんがよくぼやいていたし、一気に消化したかったのかも。


「そうだ! これも何かの縁ってことでさ、俺も一緒してもいいかな?」

「え」

「迷惑ならいいんだ」

「い、いえ、びっくりしただけで。

カメラのこととか写真のこととか、もっと教えてくれますか?」


 慌てて、なかったことにしてくれと言う谷本さんに私も慌ててしまった。


「もちろん。俺にできることなら」

「じゃあ、交渉成立です! 明日の10時、駅前で!」

「久しぶりに早起きするから、寝坊しないようにしなきゃな。

そうだ、名刺に俺の携帯の番号書いておくから、何かあったら電話して」

「はい!」


 谷本さんは夜遅いし家の近くまで送るつもりだったみたいだけど、私が遠慮して断ってしまった。

 なので、谷本さんとは駅前で別れた。



 明日が楽しみだなぁ。



 いつの間にか失恋のショックは消えてしまったみたいだ。

 岡崎先輩のことは、憧れのようなもので恋じゃなかったのかもしれない。


 それはそれでショックだけど。

 明日が楽しみなら、それでいいか。


 でも、谷本さん、笑顔見せてくれるけど、本当の笑顔じゃないよね……?

 どうしたんだろう?


 このまま考えていてもわからなさそうだったし、明日も早いから早々に寝ることに決めた。

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