第7話 嫁、最強説

 事務員では最年長の井上由紀、40歳。足場屋は男所帯で手がかかるのが多いけど、私自身も男勝りだし、気兼ねなくて楽な職場だ。それに、職人の子たちなんて私からしたら、可愛いもんだ。私はもっと、スレてたもんだ。

 礼儀もなってないし、話し方も頭にくるけど、わりと純粋で素直な子が多い。梨花や愛ちゃんには、まだまだ手に負えないみたいだけど。

 毎日厳しい仕事をこなしてくるんだから、性根は腐ってないと思う。職人の子たちの半分以上は結婚してるしさ。みんなそれぞれ、頑張ってっるってこと。

 


「ブタ! 事故報告書ぐらいしっかり書け!」

「由紀ねえさんこわ~」

「あんまり梨花と愛ちゃんを困らせるな!」

「そんなつもりないけど~」

「私も見たけどひどいよ、それ」

「そんなにかな~」

「全部ひらがで句読点もない。しゃべってるかのように書かれた文章。おまけに油まみれ。ふざけた豚の絵は書いてあるし、気持ち悪い歌詞みたいなのもあるし。何それ」

「気持ち悪い歌詞って! ポエム! ポエムなの」

「はぁ~キモイ。ブタがポエムとか何してんの? そんなもん書いてないで、報告書をしっかりやれ」

「ひで~」

「そんなキモイもの読まされて、清書し直す事務員の気持ち、考えてみなよ」

「晃君。俺もそれ意味わからなかったっす」

「ほら、言われてる。裕也に言われてるようじゃダメだ」

「俺なりにちゃんと書いたのにさ~。木下さんがポエムにはまってて。お題が雨だったから、俺も考えてみたんだけど。かなり上手にできた」

「バカ! そこじゃないわ! 報告書! ポエムなんてどうでもいい。ブタとゴリラでキモイことするな!」

「由紀ねえ、キモイ言い過ぎ。木下さん、マジなのに」

「すべてにおいて、レベルが低すぎなんですよ、晃君は」

「ひっでな~陸斗。さらっと言いやがって」

「さらっと言ってません。あきれて言ってます。ポエムも全然上手じゃないし。だいたいポエムって」

「なんだよ陸斗。陸斗は木下さんに手帳みせてもらってないんだろ? なんかすげ~ポエムいっぱいあったぞ。失恋とか初恋とか」

「恋って! 木下さん、マジやべ~。あの顔でポエムって」

「裕也も見せてもらえよ。すごいって。俺あんなの書けね~もん」

「多分、誰もかけないですよ」

「本当にキモイ! 何やってんだ、あのゴリラは」

「由紀ねえさんも見たらわかるって」

「見ても分からんわ! てか、ブタはさっさと報告書を書け」

「今日はダメ! もう帰る。明日でいい? 由紀ねえさん」

「ダメ! 今から書いてけ」

「嫁に怒られるから~」

「そんなの知らん。自業自得だ」

「晃君、怒られてばっかりっすね」

「裕也~助けてくれよ~」

「だから自業自得」

「厳し~由紀ねえさん」

「なんで嫁に怒られるんですか?」

「陸斗、よく聞いてくれた。それがさ、スーパーに家族で買い物に行った時に、太一が駄々こねてさあ~。あ、太一って5歳の息子ね。通路に転がって泣くもんだから、俺も横に転がって太一の真似をして2人でごねてたら、店の人に注意されてさ。それで嫁が激怒。俺なんか悪いか? 面倒みてただけなのにさ」

「…………。本当にバカだね、お前。嫁が不憫だわ。もうそのスーパーに行けないわ! 嫁の実家も地元なだけに、余計に不憫」

「晃君マジすげ~。恥ずかしくてそんなことできね~っす。よくそれで父親ですね」

「裕也! ひでぇ~って」

「酷くないわ! 相当恥ずかしかっただろうに」

「子供かと思ったら、父親までっすもんね。離婚っす」

「裕也! 洒落にならないから、それ。今日こそ早く帰って嫁んとこ行かないと」

「今日こそって、いつ出てったんだよ」

「5日前」

「なんですぐ行かなかったんだよ!」

「だって! もやしにからあげ棒とられたり、からあげ棒パーティーとか、いろいろあって」

「バカか!」

「からあげ棒ばっかっすね。離婚っす」

「裕也~~」

「早く報告書提出して、行った方がいいですよ。前にうちの嫁が言ってましたけど、時間が経つと怒りが収まって、冷静になれるそうです。冷静に離婚話ができるそうですよ」

「陸斗~」

「ピンチっすね! 晃君。おもしれ~」

「陸斗の嫁が言っることは正しいな。怒りで怒られてる方がまだ修復できるな。冷静になったら女は怖い。しかし、陸斗も経験あるのか」

「浮気がばれて。包丁突きつけられたことはあります」

「お~すごいな嫁」

「陸斗の奥さん。きれいなだけに、怒ると迫力あるっす。俺もびびった。うちより怖いっす」

「嫁は怖いが普通」

「その若さで悟ってるな、陸斗。嫁、たしか年上だったよな? 年上の余裕は特になし、か」

「ないですね。いつでも自分の欲求や欲望に忠実で、脅かされることにも敏感です。たまにゾッとします」

「うちも歳上っすけど、たしかに余裕はないっすね」 

「裕也のとこ、もうじき子供生まれるだろ。生まれたらもっと余裕なくなるぞ。多分」

「なんすか、それ。由紀ねえさんの経験談っすか」

「まあね。しかし、嫁が強いね。この業界のあるあるだね、ここまでくると」

「そうですね。木下さんとか、金山さんとか、なかなか強そうですよね」

「あそこもすごいね。包丁とか日常茶飯事かも」

「怖いっすね」

「浩司の元嫁もすごかったぞ。地震がくるって予言されてた日があったでしょ。その前日から実家に帰ってた。浩司おいて」

「すげぇ~っすね」

「あと、1分おきの電話とか。早く帰ってこい、のメールが続けて50通とか」

「ホラーじゃないっすか」

「服がもえるゴミに入ってた、ってのは聞きました」

「あ~それは木下のとこ。帰ったら鍵が変わってたこともあったよ」

「嫁、怖いっすね」

「嫁は怖いもの」

「やっぱ、お前らに手がかかるから、嫁も大変なんだよ」

「お~い。みんな俺のこと無視?」

「ブタは早く報告書を書け」

「晃君。離婚っすか」

「離婚ですね」

「うお~誰かフォロー!」

「自業自得だ」

「晃君はしょうがないっすね。奥さん悪くないっすもん。 あ! ポエムでも送ったらどうっすか? 木下さんにも手伝ってもらって」

「ポエム、喜ぶかな?」

「裕也。面白がってるだろう」

「いいから、陸斗。ポエムもらったら、奥さん引きすぎていいかもっすよ」

「ほんと?」

「あ~言えてる。毒気抜かれる、みたいな。って、私なら即離婚だ。そんなふざけたもの持ってきたら」

「由紀さんに一票。裕也はふざけすぎ」

「ちぇ。陸斗ものってくれればよかったのに」

「裕也~~」

「すんませ~ん」

「もう離婚だな、ブタ」

「離婚っすね」

「お疲れ様です」

「陸斗、帰るなよ~」

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