第5話 現場監理の役割
俺は原喜久。もう長いこと、この業界で仕事をしてる。職人は20年以上やって、最近現場監理になった。職人をやってたころは、現場監理によく文句を言って対立していた。現場指示が甘いだの、地図が読みずらいだの、何かあれば現場監理に文句を言ってやった。今は言われる立場なわけだが。頭にもくるわけだが。しょうがねぇ~なぁ~。現場で働く職人の大変さを分かってっからな。
俺も昔はやんちゃだった。祥に言わせれば、やんちゃって言葉じゃ可愛すぎるらしいが。ま、若者らしく? やりたい放題、言いたい放題、喧嘩放題だった。
昔の建設現場っていったら、今よりもっと厳しくて、上下関係なんか今以上で、叩く蹴るなんて当たり前だった。今は体罰だっけ、それにあたるんだろうな。当時はそんなこと思いもしなかったけど。頭にくれば、俺もやり返してたし。もっと殺伐としてたかもな。
仕事面でも法律がいろいろ変わって、体制やら書類やらが厳しくなっていく中で、いわゆる荒くれ物が多くいた足場業界も、大きく変わったと思う。世間に合わせ、波に乗っていかなけりゃ、足場業界も続かなくなっていく。
昔のように出入りも自由。無断欠勤当たり前。喧嘩上等の世界は影もない。あの頃を知ってる俺としては、少し寂しい気もする。それはそれで、楽しかった。今となっては上の人らの懐の大きさに感謝だが、人と人とのつながりはずっと深かった。喧嘩しても、殴ればよし。次の日は笑い合える。酒を飲めば分かり合える。スマホだ、SNSだ、なんてなかったが、そんな毎日は決して悪くなかった。そんなことを思うこの頃の俺は、おっさんになったな~と思うわけよ。
「お疲れ様です。今から分譲の先行に入りますんで連絡です」
「お疲れ、もやし。予定より早かったな」
「午前が思ったより順調で」
「時間に余裕あるし、いい先行組んでこい。陸斗にしっかり教えてやって」
「了解です」
「それでよ~もやし。ブタとはどうだ?」
「朝からあげ棒わたして、いちお謝ったけど。どうですかね? 受け取ってくれましたけどね」
「がはははは。あいつ受け取ってやんの。バカだけど可愛い奴だな~」
「受け取るだろう、とは思ってました」
「からあげ棒に弱いな~」
「バカらしいけど、からあげ棒に対する愛はよくわかりました。まさか殴られるとは思ってませんでした」
「な。で、返り討ちにあってるようじゃ~な~。がはははは」
「返り討ちって、そんな酷くはしてないですよ! ちょっとかわして、頭ぺちって」
「がはははは。わかってるよ」
「今日、裕也が言ってたけど、原さん楽しそうですね」
「当たり前だろ。おっさん、楽しくてしかたね~わ~」
「祥さんは、あきれて苛立ってたらしいですけど」
「祥はな~クールだからな。お前もどっちかっつうと、祥よりだな」
「ですかね?」
「でも、からあげ棒を食ったことは賞賛に値するぞ。よくやった。久々におもしろかったぞ」
「おもしろくないですよ。あんなに切れるなんて。予想外でした」
「からあげ1個食っただけだもんな~。ま、それもコミュニケーションだ。いいぞ。今日一日は、その話で持ち切りだからな」
「うれしくないですけど」
「そう言うなって。会社中が明るくていいだろう。こういうのは大事だと俺は思うから。結果オーライだ」
「ブタはオーライじゃないですよ。多分まだ怒ってる」
「大丈夫だ。それもせいぜい後半日ぐらいなもんだ」
「ならいいですけど」
「単純な奴だからな。そこが可愛いところでもあるが、後は俺にまかせとけ」
「じゃあ、お言葉に甘えます。お願いします」
「まかせとけ。で、もやし。お願いがあるんだけど……」
職人のやる気やモチベーションを保つために、少なからず現場監理の力が必要だと俺は思う。
俺もブタといっしょで、単純なんだ。褒められたりご褒美があれば、仕事は頑張れるし、嫌なこともさらっと水に流せる。ちょっとのことでいいんだ。そういうところで職人を上手く使って、仕事がまわせたら、と思うわけだ。
「お疲れ。どうした裕也、ブタがどうかしたか?」
「お疲れっす。よくわかるっすね」
「今もやしと電話してたから、なんとなくな。ちょうど電話しようと思ってたところだから手間はぶけたわ。で、ブタはどうだ。もやしから、からあげ棒もらったんだろ」
「あっさり食べたっす。からあげ棒に罪はないらしいっす」
「ぶはははは。だよな~食べるよな~。可愛いな~」
「あんなにキレてたのに。食べ物の恨みはどこへ? って感じっす」
「目の前にからあげ棒があったら、あいつが我慢できるわけね~よな~。もやしも受け取るってわかってたしよ。扱い方簡単だよな~」
「けっきょく、からあげ棒に始まりからあげ棒で終わるんっすね」
「お~いいね」
「でもまだ、もやしさんのことをゆるした訳ではないらしいっす」
「言ってるだけだな。からあげ棒を受け取った時点で、対して怒ってね~よ。簡単に許したくないだけだ。時間の問題だろ」
「そっすね」
「しかしお前、ブタといるときは、なんか落ち着いてんな。直樹とはえらい違いだ」
「晃君は、なんかみてると冷静になるっす。自分がしっかりしないとみたいな」
「は~。歳、一回り以上離れてるのにな~。ある意味すげぇ~なブタ」
「嫌いじゃないっすけど。それで原さん。本題いいですか」
「すまん、いいぞ」
「晃君、蜂に刺されたっす」
「蜂~! また俺の現場か。で、あいつは大丈夫か」
「大丈夫っすけど、驚いて資材落として、瓦割ったっす」
「ま~しょうがね~な、蜂は。このままブタに代わってくれるか」
「了解っす」
「お~ブタ、じゃなかった小ブタ、大丈夫か」
「ブタじゃない。小太り!」
「元気そうだな。特に問題なさそうだな、小太り!」
「すげぇ~~痛いわ~~」
「薬ぬっただろ。蜂スプレーもトラックにあるな。じゃあ、大丈夫だ」
「痛い~」
「あ、帰ったら事故報告書な~」
「原さんも冷たい」
「祥といっしょにするな! 冷たくないわ。むしろあったかいわ」
「自分で言うな~」
「はいはい。そこの現場もあと少しだろ。そこ終わったら、今日は戻ってきていいから」
「え、まだこの後あるよ」
「そっちはもやしが行ってくれる。あいつのとこ、思ったより進みが早くてな」
「もやし」
「おう。だから今日はそこだけ頑張れ。んで、もやしのことは許してやれ。お前にとっては大変な事件だったが、もやしも悪気があったわけじゃない。朝もらったからあげ棒と、このあと現場をやってきてくれるのでチャラだ。いいな」
「……」
「もうたいして怒ってねぇ~だろ。ならこれで終わりだ。あいつとは現場に行きたくないだの言われると、他の奴らも俺らも迷惑だ。みんな、仕事してんだからな」
「わかったよ」
「よし。じゃあ、お施主にはしっかり謝ってこいよ。補修の手配は俺がやっとくから、また連絡すると伝えておいてくれ」
「すんません」
「おう。さっさと仕事して、早く戻ってこい」
「はい」
「事故報告書が待ってるからな」
「冷たい」
「今日は特別に、からあげ棒も待ってるぞ」
「あったかい」
「今日はみんなで、からあげ棒食うぞ」
「あ、じゃあ俺10本は欲しい」
「バカ! 調子のりすぎだ」
「だって。タダでからあげ棒食べれるし」
「この、ブタ! わかったから、すぐ残りの仕事してこい」
「はいっす! あと、やっぱり20本は欲しい」
「誰だ? あいつを可愛いなんて言った奴は」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます