第2話 俺らしいこと


 俺は山崎直樹。職人になったのは18歳のとき。

 俺は勉強が嫌いで、教室で授業を聞いてテストを受けるとかマジ嫌で、高2の夏に学校を中退した。

 学校をやめたことは後悔してない。くそみたいな毎日から解放されて、すげぇうれしかった。かあちゃんには泣かれたけど。それでも、悪いと思う気持ちより、うれしい気持ちが勝ってた。

 つまらない日々から解放された俺は、すぐにバイトを始めた。初めはコンビニだった。家の近くで、チャリで行けたから。でも半年ともたなかった。思ったほど楽しくなかった。次に選んだのは段ボール工場。楽な仕事だったけど、やっぱり楽しくなくて2ヶ月でやめた。

 俺はきっと、何にも興味がもてないし、お金とか生活とか、そういう理由でとりあえず仕事をしよう、とも思えない奴なんだ。楽しくないならすぐにやめる。学校もバイトも同じだ。ずっとそんな奴なんだろう、と思いながら俺は18歳になった。

 バイトをしなくなって数ヶ月がたったある時、かあちゃんが、車の免許を取りにいっておいで、と俺に言った。

 俺はかあちゃんに免許代を借金して、教習所に通い始めた。そこで俺は、仕事で来ていたとび職人の慎吾さんと出会った。



 

「直樹、朝一の塗装の現場の図面だ。着くまでに目を通しておけよ」

「了解っす。圭太もみてみるか?」

「じゃあ、みるだけ」

「おう。配置図と平面図だ」

「平面図は分かります。配置図は……。なるほど、家を上からみた図面ですね。」

「すげぇ! 圭太、お前やっぱ頭いいな。そうっすよね、慎吾さん」

「そうだな。図面をみれないと今後困るんだが、実際みれない奴も多いんだよ。圭太は大丈夫そうだな」

「図面みるの、好きかもしれないです」

「それはいい。直樹なんて、初めは全然だめだったぞ。なあ」

「そうっすね。ムズかったです」

「まず、東西南北の位置から教えたもんな。図面をくるくる回してたし」

「俺、勉強できねぇっすもん」

「いや、みんなそんなもんだぞ。でもお前は諦めなかったし、やる気もあったから、教えがいがあったよ」

「直ちゃんは苦手を克服して、今はしっかり図面がみれるんですね」

「まだまだだけどな。慎吾さんなんてマジすごいぞ。図面をみると、すぐに立体的に建物が浮かぶみたいでさ」

「あ、それちょっとわかります」

「マジか。圭太も慎吾さんと同じか~。じゃあ図面をみる速さは俺が一番遅いな」

「直樹もよくみれる様になったよ。じゃあ先輩。現場に着くまで、図面の見方を教えてあげてくれ。配置メインで。そしたらKYが少し楽だ」

「マジか~慎吾さんの方がいいっすよ」

「お前で大丈夫だ。細かいことは現場に行ってから俺も言うし」

「お願いします。直ちゃん」

「慎吾さんに言われたら、やるしかね~な~。と、その前にだ。現場に着いたらまず、お客さんに元気な挨拶をするからな。これは毎回だ。図面より大事なことだ。そうっすよね、慎吾さん」

「そうだな」



 現場に着くと、まずはお施主おせしゅに挨拶をする。当たり前だけど、挨拶は現場でも大事で、大きな声で笑顔でするように、と職人になりたての頃は口うるさく言われた。

 俺たちの仕事は、今でも偏見の目でみられる。ある程度は仕方ない、と俺も思う。見てくれも悪いし、髪形やピアス、入れ墨なんかは自由だ。仕事中は隠していても、元々ある雰囲気は隠せないんだろう。お施主が少し不安に思ったり、この子大丈夫なの? と思うのも、実際しょうがない話だ。だからこそ、最初の印象の挨拶を、誠心誠意するように言われる。

 挨拶は、見てくれをも覆す、と慎吾さんは言っていた。本当にその通りで、元気に笑顔ではきはきと挨拶をすると、お施主の顔が柔らかくなる。笑顔でよろしくね、今日はありがとう、と言ってもらえたら、それだけで偏見の目が世界中からなくなったような気になってくる。疲れていても元気がでるし、よし頑張ろうと思える。ただバイトをしていた時には分からなかったことだ。それを慎吾さんに言ったら、真剣に仕事をしているからだ、と言ってくれた。

 学校でも挨拶は言われたが、本当の意味で教えてくれたのは学校ではなく、慎吾さんだったと俺は思ってる。勉強できないし、バカだし。でも慎吾さんが言ってくれることは、俺でも簡単に理解できる。

 車校で慎吾さんに、「お前も職人やってみるか?」と声を掛けられたあの日から、俺の人生は変わった。

 毎日がこんなにも楽しいとか、知らなかった。バカやって、仕事頑張ってまたバカをやる。

 笑って、酒飲んで、肉食ってまた仕事をがんばる。

 尊敬する先輩に教えられ、怒られ、褒められる。

 そのままの俺を受け入れてくれてもらえる。

 俺らしくいられる。

 すごいことだ。

   


「さてと。挨拶も終わったし作業準備に入るがその前に、圭太に言っておくことがある。俺が職長の時は、お客さんには必ず全員揃って挨拶をするように決めている。作業前と作業終了後は必ずな。本来は職長だけでもいいんだが、俺は絶対に全員でするから」

「慎吾さんのこだわりだから、これは!」

「はい。わかりました。でも僕も、その方がいいと思います」

「なんでそう思う?」

「今から敷地に入らせてもらうわけなので、どんな人が何人いるのか、ちゃんとお施主が分かっていた方がいいと思うからです」

「圭太、すげ~な~」

「だな。圭太の言う通りだ。業者と分かっていても、知らない人が敷地を行ったり来たりするのは不安なものだからな。顔を見せるための挨拶でもある。不安要素は少しでも取り除きたい」

「はい……。なんか、あれですね。いい言い方がわからないですけど、しっかりやってるんですね」

「言いたいこと、すげぇ~わかるぞ、圭太。俺も似たようなこと思ったことある。とび職人なんて、もっとがさつで、適当で、ダラダラしてる、みたいな?」

「そんな感じです」

「そういう職人もいるしな」

「慎吾さんは違うっす。俺が初めて会った時から違った」

「僕も、慎吾さん。いいと思います」

「だよな、圭太! 俺たちはそこら辺の足場屋とは違うんだ! ってところを見せつけてやろうぜ」

「はい!」

「誰に見せるのかよくわからんが、やる気があるのはいいこだ。じゃ、作業前のKYに入る。圭太は初めてだからな。しっかり聞いておけ。それからこのKYは現場ごとに毎回行う。挨拶と一緒だ」

「はい。わかりました」

「じゃあ、直樹!」

「はいっす! いいか圭太。KYは一時流行った〝空気読めない〟じゃないからな」

「ですよね……」

「むしろ読むんだ! 現場の空気を!」

「なるほど」

「俺らのKYと言えば、危険予知だ。なんかカッコいいだろ」

「危険予知ですか。初めて聞きます」

「現場で作業を始める前に、まず現場と図面を見て、危ない場所を確認するんだ。さっきトラックで、直樹に配置図の説明を受けたと思うけど、それもこのKYにつながってる。直樹、図面を広げて」

「はいっす」

「まず、配置図に書いてある、営業からの連絡事項をみると、所々に赤で×印がついてるだろう。これを実際みてみるぞ」

「はい」

「どうだ? ×印の辺りには何がある?」

「鉢植えがたくさんあります」

「そうだ。つまり×印は、鉢植えに気を付けろ、という意味だ。資材を当てたり、蹴ったりしないように注意しろってことだ」

「鉢植え。こういう物も危険予知に入るんですね」

「現場をみて危ない場所や壊れそうなものがないかを、作業前に全員で確認することがKYだ。どんな小さな物でも、すべて対象だ。必要なら許可をもらって場所を移動したり、養生したりもする。大事なのは事故を起こさず、お施主に迷惑をかけずに現場を終えることだ。足場設置以外、何も変わらないことが絶対だ。そのためにKYをする」

「わかりました」

「KYにはな、ハチの巣とか、あと狂犬注意、なんてのもあるぞ。原さんの現場によくある。現場環境は、営業に似るんっすかね~」

「危険には自然環境も含まれるんですね。それに今回は新築じゃないから、KYは多そうです」

「圭太はやっぱり、いいとこに気が付くな」

「マジすごいな、圭太」

「新築と違って家もあれば車もある。人が住んでて、犬がいて、花壇や畑がある。だからそれらすべてに気を遣わなければ安全作業とは言わない。大変だが、そういう仕事だ」

「でもな、大変な現場こそ、無事に終わると達成感が半端ない。よくやったな~俺って思うぞ」

「頑張ります」

「じゃあ残りのチェックをして、作業に入るぞ。目標は11:30分撤収だ」

「了解っす」

「了解です」


 最初の現場が終わると、すみやかに片付け次の現場へと向かう。

 一日平均3件ほどこなす。

 忙しいと、休憩もまともに取れないこともあるが、たまにはそれもいいと俺は思う。マジで死にそうなぐらい忙しいときもあるけど。

 それでも仕事を辞めようと思ったことはない。

 何にも興味が持てず、やる気のなかった俺が、だ!

 すげぇ~ことだと思う。



「午後からは新築2棟の先行だ。直樹、図面はみたな」

「はいっす。先行久々ですね」

「あの、先行って?」

「あ~そうか。直樹教えてやれ」

「先行とは、先行足場だ。新築の時にしか言わないやつだ。建物も何もない所に足場が先にたつから、先行足場だ」

「いろいろあるんですね。資材の名前もそうですが、聞きなれない言葉が多いですね。この職場は」

「最初はそこからだよな~」

「圭太はすぐ覚えそうだけどな。直樹と違って」

「慎吾さん、それはないっす~」

「別にバカにしたわけじゃないぞ。スピードはそれぞれだからな。直樹だってよくやってるよ」

「ありがとっす」

「慎吾さん。朝から思ってたんですけど、直ちゃんはずっと楽しそうですね?」

「あいつな、この仕事大好きだから」

「毎日、あんな風に仕事ができたらいいですね」

「まあ、直樹はちょっと特殊な気もするが、でもいいな」

「うらやましいです」

「圭太! 俺だって、ここに来るまでは腐ってたからな。マジで慎吾さんに会わなかったら、まだ腐ってたかも」

「お前がよくやっただけのことだ」

「ちぇ~本当に慎吾さんのおかげなのに」

「ありがとな」

「慎吾さん。直ちゃん、朝も慎吾さんでよかったな、って僕に言ってくれました。本当に尊敬してるんだと思います」

「もはや神だ~!」

「神って。つうか叫ぶな!」

「慎吾さんは楽しく働くことも、仕事にプライドややる気を持つことも、ついでに酒も遊びも全部教えてもらったし。最初からおれのこと、面倒みてくれたし。マジ神っす」

「褒めても何もないぞ。さっさと仕事するぞ」

「はいっす」

「圭太も資材をどんどん運んで。場所は直樹に聞いて」

「よしきた、圭太。まずは俺の後についてきて。ちなみにこれ、慎吾さんのまね。俺もそうやって教わったから」



 





 


 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る