俺たち足場屋さん

なな

第1話 朝は戦い

 ~ 鳶職人 ~

 鳶職人歴12年の市川慎吾。

 俺たち職人の朝は早い。

 早出は6時、通常でも6時半出勤だ。

 台風がこようが、大雪が降ろうが関係ない。

 週6日、俺たちは毎朝現場へ向かう。


「慎吾さん、おはよーすっ」

「おはよう。今日はけばっかりだ。資材をモリモリに積んでいくぞ。俺は祥さんに現場指示聞いてくるから、先に積んどけ」

「了解っす」

「あ、直樹。急きょ新人がつくことになった。事務所に座ってるから連れてってくれ。名前は伊藤だ。歳は19。歳の割には落ちついてて、あまりいないタイプだ。すごく真面目そうな感じだった」

「真面目っすか。マジっすか」

「マジだ。お前とは真逆の人種だな」

「19か~。若いな~」

「お前もまだ23だろ」

「もう23っす。慎吾さんは30っすか。初老ですね」

「もう初老かよ。せいぜい、初老を労わってくれよ。新人、よろしくな」

「仕方がないっすね。了解っす」



 鳶職人は、いくつかのグループにわかれて、その日の仕事をこなしてくる。

 すべては、職長と呼ばれるグループのトップの指示にもとずく。ちなみに俺も職長クラスの職人だ。

 足場屋の世界では職長=上司。

 職長はおもに経験年数がものをいう。職長が年下なんてことは、かなりの確立であり得る。早い奴だと15、16歳から仕事をしているからだ。

 この職場は面白い。世代がごちゃ混ぜで、下は16歳から上は65歳と幅広い。家庭環境も千差万別。みんな個性が強く、自由奔放で我儘。大きな子供みたいだ。職人とは、こんな野郎のあつまり。もちろん俺も、例外ではない。

 鳶職は、特殊な世界だと俺は思っている。いわゆる普通のサラリーマン生活とは、似ても似つかない。独特で、偏っていて、難しい面も多い業界だ。鳶職ときいて世間が思うイメージも、あながち間違ってはいない。問題を抱えた奴は山のようにいるし、見た目が悪い奴も、態度が悪い奴もいる。でも俺は、少しでも世間のイメージが良くなるように、と日々願いあがいている。それはもちろん、この業界で働いてくれる奴らが増えるといいと思うからだ。

 バカばっかりの集まりだけど良い奴は多いし、仕事に誇りも持っている。今では目標もあり、それに向かって過ごす日々は充実している。



「伊藤か? でかいな~」

「伊藤です。身長は180センチあります。よろしくお願いします。えっと、名前を教えて頂けますか」

「俺は山崎直樹だ。伊藤、サラリーマンみて~だな。若いのに偉いな~。すげ~本当に真面目だ」

「そうですか? 先ほどあった市川さんも真面目そうでした」

「お前ほどじゃないけどな。慎吾さんはいい人だ。あの人につけてよかったと思うぜ」

「安心しました。初めてのことなので、迷惑をかけると思いますが、よろしくお願いします」

「真面目だな~。確かにいないタイプだ。よろしくな」

「はい」

「じゃあ、さっそく仕事だ」

「はい」

「今日はけばっかりだから、トラックに資材をいっぱい積むぞ」

「山崎さん、架けっていうのは?」

「足場を設置してくることを〝架け〟って言って、設置した足場を解体してくることを〝払い〟って言う。覚えとけ。これから毎日聞くから」

「はい」

「で、今日は架けばっかりだから資材を積むと。これが払いだと、逆にトラックは空だ」

「わかりました」

「あと、俺のことは直ちゃんでいいぞ。下はだいたいそう呼ぶから」

「はい」

「じゃあ、まずは土場どばにいくぜ」



 俺たちはの朝はまさに戦いだ。

 何十台とあるトラックの中から、指定のトラックを土場どばに動かし、まずは資材を積む。土場どばとは、資材置き場のことを言う。そこは、トラックが何台も入って資材を積み下ろしするため、広大な敷地を有している。

 資材とは、足場を組むために使う材料だ。鉄製で、種類も大きさも様々で、必要な材料を必要なだけ数えて現場に持っていく。この作業が一苦労だ。重いものはリフトを使って、細かい資材は手作業で、と手間がかかる。

 朝は何台もトラックが並ぶため、より良い場所がとれると作業が捗り早く出発できる。まずは場所取り合戦だ。続いて資材を運ぶリフトを確保し、きれいに分けられた資材をどんどんトラックにのせていく。リフトにも数があるので、これも早いもの勝ちだ。

 でも、俺から言わせれば、戦いの勝敗をわける一番の要因は、その日のメンバー。

 遅刻してくる奴もいれば、さぼる奴もいる。お調子者も、のんびり屋も。職長からすれば、そういう奴らを扱うことが朝一番の戦いだ。俺の班では言えば、間違いなく直樹だな。

 


「よし。こんなもんか」

「朝から体力使いますね」

「夏本番なんて、この時点で汗だくで、すぐ着替」

「朝市から?」

「そう。で、水で洗ってトラックで走りながら乾かすと一瞬だ」

「ワイルドですね」

「夏は何枚あっても足りね~からな。大変だぞ」

「大丈夫ですかね。僕なんて」

「大丈夫だ。俺でもできるんだから。でも伊藤さ、なんでこの仕事を選んだんだ。普通に会社とかに入れそうなのに」

「単純に興味があったからです。楽しそうだなって」

「楽しいぞ。俺はそう思ってる。でも大変だ、すごく」

「それでも、楽しんですよね。直ちゃんは」

「そうだな。俺なんて、他に仕事できね~しな」

「天職なんですね。カッコいいと思います」

「天職って?」

「えっと、直ちゃんに一番合った仕事ってことです」

「お~。お前いい奴だな」

「直ちゃんも、いい人だと思います」

「よっし! いい奴だからお前には大事なことを教えてやる。その前に、お前の下の名前は?」

「圭太です」

「圭太な。いいか圭太、朝は戦いだ! 一刻を争う!」

「戦い? 資材積みが? 」

「違う。もっと大事なことだ」

「なんですか?」

「朝飯だ」

「え、」

「朝飯はだいたい会社で食うか、現場に向かう最中で食うのが当たり前だ。朝早いからな。食べてくる奴はまずいない。そこで重要なのがレンジとお湯だ」

「なんとなく、分かりました」

「すげぇ~な、お前。やっぱ頭いいな」

「そうですか?」

「早出のピークは6時40分ころ。通常は7時半前くらいだ。レンジはともかく、お湯はなくなる。ラーメンを食べるなら早く行くんだ。早いもん勝だ! お湯が沸くのを待ってたら出発、なんてことはよくあるからな。朝飯は大事だ。仕事にならないからな。資材を積むより大事だ」

「朝からラーメン、いけますか?」

「問題ない」

「さすがです」

「まぁな。それともう一つ。最大の戦いがある」

「なんでしょう?」

「トイレだ」

「なるほど。直ちゃんの声のトーンからも重要性が伝わります」

「来てすぐこもる奴もいる。朝飯後にこもる奴もいる。それはしかたねえ。朝だし。問題はトイレの数が少ないってことだ」

「それは確かに大変ですね」

「だろ。いいか、ギリギリまで我慢するな。トイレに行って空いてなくても、我慢できる程度に余裕は持て。あと念のため、パンツの予備はあるといいぞ」

「……わかりました」

「よし。じゃあ俺はうんこ行ってくるわ。お前も行くか?」

「大丈夫です」

「なら、ここで待っててくれ。そのうち慎吾さんがくるから」

「はい」

「あ! 裕也、お前もうんこだろ!」

「げ、直ちゃん。俺が先っす」

「待て、俺が先だ。先輩を優先しろ、うんこ野郎」

「無理ですって。てか、直ちゃんに言われたくないです。直ちゃんは余裕があるんでしょ」

「あるか! もれる」

 余裕とは……。

「直樹のあれはいつものことだ。健康でなによりだ」

「慎吾さん。朝は戦いですね」

「まあね。人それぞれ、戦いがあるってことだ」

「慎吾さんにも戦いがあるんですね」

「主にあいつの面倒だな」

「すみません。面倒が一つ増えてしまって」

「いや、直樹を超えるのは相当だぞ。今日からよろしく。ビシビシ鍛えるからな」

「はい。お願いします」



 ~現場監理~

 現場監理歴13年。尾形祥です。

 現場監理とは、建築現場の下見や見積り作成、監督との打ち合わせから会議まで、元請け会社とのすべてのやり取りを受け持ち、また新規開拓のための営業も行う。

 担当する元請け会社は何十件とあり、現場の数も日々増えていく。住宅なんて年間、何百棟と担当する。現場を覚えておくのが至難の業だ。

 現場が始まり、無事工事が終わるまでを監理するのが、俺たち現場監理の仕事だ。

 監督と職人の間に挟まれ、身動きが思うように取れないこともあり、はっきり言って現場より、人の扱いに苦悩する仕事だ。とりわけ職人においては、取り扱い説明書が欲しいと思うほど。

 

 現場監理の朝は、職人たちより早い。

 事務所のカギ開け担当の1ヶ月は5時半出勤、通常は6時だ。

 職人が来る前にその日の現場を確認し、図面や指示書を準備する。

 朝になって現場が中止になったり、職人が休んだり、と対応に追われながら、出勤してきた職人の相手をする。

 職長に現場の注意事項や監督からの連絡を伝え、図面をみせて確認させる。現場のまわる順番や時間を正確に伝えると、職人たちは準備をして現場に向かう。それをグループごとに何度も行う。

 朝からなかなかの大仕事だ。


「祥さん。最初は塗装の現場からでいいですか?」

「いいよ。8時から現場に入っていいから。お客さんの敷地にトラックを止める許可が出てるから、しっかり挨拶してからトラックを入れて」

「了解です」

「あと、庭に植木鉢が多いから十分きをつけて。敷地は広いから架けやすいとは思うけど」

「了解です」

「午後からは分譲2棟。1時には入れるか?」

「たぶん大丈夫だと思いますが、新人がいるのでなんとも。また入る時に連絡します」

「ごめんな、急に。午後からの現場が残りそうなら連絡ちょうだい」

「はい。でもいけると思います。直樹が最近、頑張ってるんで。ちょっとバカでお調子者ですが」

「ちょっとか? 新人にバカなことを教えないようにだけ見ててくれ。慎吾だけが頼りだ」

「もう遅いかもしれません」


 8時を過ぎると職人たちが出はらい、会社は一気に静まり返る。

 事務所をさっと片付け一息つくと、ホワイトボードに書かれたその日の予定をすべて消し、翌日の段取りを組み始める。

 現場監理の戦いは、ここからが本番だ。朝の現場説明なんて、それこそ朝飯前だ。

 毎朝毎朝、頭の痛い仕事。

 まずはホワイトボードに元請け会社と現場名を書き出していく。続いて現場の住所、作業内容を書き、最後に職人を決めていく……。 

 この職人の配置が、頭の痛い原因だ。


「社長、スカイマンションは何人いりますか?」

「最低6人。多くなるには問題ないぞ」

「こっちのガーデンマンションは?」 

「そこは職長1人でいい。打ち合わせだけだ」

「了解です。金山さん、この病院は何人いりますか?」

「う~ん。5人は欲しいな~。職長は木下君でお願い。書類を出してあるから」

「うお! 木下、俺の現場に欲しかった」

「ごめんね、原さん。書類がちょっと面倒なところだから、木下君は譲れないな~」

「仕方ないな、秀をくれ」

「原すまん。秀は元請けからのご指名で、俺の現場だ」

「社長~」

「慎吾は……祥のところか。祥、このままでいいのか?」

「はい。新人もいるし、ちょうどいい3人かと」

「そうだな。慎吾になら安心して新人を任せられるしな。慎吾もだめとなると、原のとこは……桃じいだな」

「社長~」

「いいだろう、桃じいなら」

「資材運びが多い現場なんで、文句言われそう」

「そこはほら。スロットの雑誌でも買ってやれ。上手く桃じいを転がすんだ」

「他人事……」

「ねえ、祥君。ここまずくない?」

「あ~まずいですね」

「社長、もやしとブタ、一緒じゃまずいです」

「え、なんで?」

「俺もあんまり詳しくないんですけど、肉まんを取ったとか?」

「肉まん? からあげじゃなくて? 僕はからあげって聞いたけど。ねえ、原君」

「からあげ棒ね。祥、ブタの話を聞いてなかったのか?」

「ほとんど聞いてなかった。まんまと原っちにはめられてイライラして、話を聞くどころじゃなかった」

「振ったのは悪かったけど、けっきょく浩司たちとゲームしてたんだろ」

「してたけど。原っちだって人に振っといて言えないくせに」

「すまん。俺も面倒で、祥に言えって言っちゃった。えへ」

「えへ、じゃない。可愛くない」

「すまん。今度おごるで」

「じゃあ、岩崎の焼肉」

「げ! 高いな~おい。祥だってたいして聞いてないくせに」

「原っちは、顔も出さなかったくせに」

「そうですね~」

「じゃあ僕も~」

「金山さん、関係なくね?」

「おい、お前ら! 話がずれてるぞ」

「すみません。とりあえず、2人は離します。バカバカしいですが」

「頼むよみんな。なぁ~祥~」

「無理ですよ。からあげ棒を取られたくらいで喧嘩なんて。しかもたった1個。なんでそれが殴りかかることになるのか。バカの行動はわかりません」

「でもねえ~。ブタ、じゃなかった、晃君。からあげ棒大好きだからね~。毎日、仕事終わりに食べるのを楽しみにしてるよ。あれを知ってると、ちょっと切ないよね~。いい顔して食べるんだよ。だからさ、もやし君じゃなくて孝夫君も悪いよね」

「相手がからあげ棒じゃな~。がはははは。あ、そうだ。金山さん。ブタじゃなくて、小さいブタで小ブタだって。あいつ、自分で小太りだって言ったらしい。マジおもしれ~」

「可愛いね~。なんて言うか、マスコットみたいだよね~彼は」

「ゆるキャラ的な? ブタの? 可愛くね~がはははは」

「おい! 原っち。ブタでも小ブタでもブタはブタだ。ゆるいのは頭だけで十分だ」

「ひっで~な~祥」

「うるさい」

「孝夫君が何とも思ってなくて、晃君だけが怒ってるんだよね~。あらあげ棒の切なさが伝わらないね~。可哀そうに」

「いやいや金山さん。全然納得できない理由ですよ。っておい、原っち! 笑いすぎ。バカすぎる」

「だから面白いんだろ。昨日も相当笑ったけど。いいな~あいつら。毎日楽しそうで」

「だね~。からあげ1個取られたから口もききたくない、顔もみたくない、なんて幼稚園児だね~」

「幼稚園児の方がマシじゃないですか」

「祥、ひどい」

「話を聞かなかった原っちが言うな!」

「言われちゃったね~原君」

「とのことで、社長。2人は離します。別々にして、有意義にバカ豚を使いましょう」

「辛辣だね~」

「祥、言い方がさらにひどい」

「原っちうるさい!」

「豚もやし炒め、すごいおいしいのになぁ」

「社長! マジうける」

「確かにおいしいですね~」

「……。はい、次いきます。ここもダメです」



 ~事務員~

 私は事務員歴8年の笹井梨花です。足場屋の中では圧倒的に数の少ない女子です。

 足場屋は男社会。その男社会でやっていくためには、女子は少々強くなくてはいけません。おもにメンタルが。

 事あるごとに驚いたりショックを受けたり、真面目に相手をしていては、時間と労力の無駄使いです。こんなもんか、と諦めて折り合いをつけなければ、とてもやっていられません……。分かっていても、私はいちいち振り回されています。

 ここはそう、動物園。言葉が分からない動物がいっぱいいるのです。


「おはようございます。由紀さん」

「おは。愛ちゃん」

「由紀さん、今日は遅かったですね。珍しい」

「うん。ちょっと昨日、飲みすぎちゃった」

「昨日? いつもじゃ……」

「愛ちゃん、おはよ~」

「梨花さん、おはようございます」

「由紀さんもおはよ~」

「おはよ。どうした梨花」

「……今日から私……」

「あ~そうか」

「梨花さんファイト」


 事務員の朝は、事務所や土場どばの掃除から始まります。平均20分程度で終えますが、ひどいときは1時間近く掃除をしているときもあります。

 すべては職人たちにかかっています。彼らがあらゆる場所を、きれいに使ってくれればいいのです。が、なかなかそうはいきません。何度言っても聞いていません。でも私たち事務員は、めげずに頑張る日々です。


「あ~今日もダメでした。なんででしょうか? ゴミ箱別に捨てていい物をこんなに大きく書いてあるのに! 缶にペットボトルが混ざってるし! しかも今日はぬいぐるみが入ってる。何これ、ゆるキャラ?」

「きっとトラックのゴミを押し込んで行ったんだよ。車内掃除デーだから。事務所の机の上も、マンガや雑誌がやたら置いてある」

「由紀さんそれ」

「もちろん、全部捨てるよ。何度も言ってるからね」

「捨ててあるものをさらに捨てるより、由紀さんの方が楽しそう」

「そう? でも愛ちゃんは捨てれないでしょ、気になって」

「そんなことないですよ。もう何とも思わなくなりました。欲しいならまたゴミ箱から拾うか、買えばいいんです」

「たくましくなったね」

「はい。おかげ様で」

「梨花は大丈夫かな?」

「魔のトイレですね」

「さっき祥君が言ってたけど、今朝はトイレに長蛇の列がって……」

「あ、梨花さん」

「ちょっと、トイレ最悪。大が! もう張り紙の意味が全然ないよ。なんで? 的を外さないでって書いてあるのに。外した場合は掃除しろ! って、最近張り紙したのに! 無理。やだ。2人とも助けて~」

「わかったわかった。しかし張り紙、社長が貼っておいてって言うから作るけど、意味ないね」

「私思うんですけど、漢字が読めないんですよ、きっと」

「うそ~やだ~。愛ちゃ~ん」

「ほら、梨花は落ち着いて」

「缶って読めないから、ペットボトルを捨てていくんです。トイレも排便って読めないんですよ。掃除も読めないかも」

「そんな~。排便ぐらい読めるでしょ~」

「いや~どうかな?」

「由紀さんまで~」

「そうですよ、梨花さん。ゴミはゴミ箱へ。靴は下駄箱へ。タバコは灰皿へ。どれも当たり前のことばっかり。そういうレベルなんですから、漢字が読めなくても驚きません。むしろその方がしっくりきます」

「愛ちゃん、強くなって」

「さっき私も同じこと言った。梨花よりメンタル強いよ」

「そうね……」

「もういっそ、張り紙を全部ひらがなで作り直しません? 排便は絵の方がいいかも! まぁそれで良くなるとも思えないですけど」

「手がかかるな~あのバカたち」

「でも本当に、朝からこれはきつい。泣けてくるよ~」

「直樹君が、朝一番の戦いはトイレだ、なんて言ってましたけど、後処理する事務員の方がよほど戦いですよね」

「愛ちゃんの言う通りだ~。朝から心が折れるもん」

「梨花さん! あんな人たちの行動に、いちいち心を折っててはダメです。もったいない」

「強いな~愛ちゃん」

「そうですか? でも梨花さんは弱すぎです。私より長く働いているのに」

「申し訳ない……」

「もういっそ、トイレ掃除やめよっか。自分たちでやらせればいいんだよ」

「あ、そうしましょう。由紀さんいいこと言いますね」

「大丈夫かな、もっと汚くなりそうじゃない」

「いいよ、それで。男子トイレが汚くたって、私たちには関係ないし」

「そうですよ。トイレが汚いくらい、どってことないですよ」

「どうでもいいよね」

「はい! どうでもいです」

「カッコいいなあ、2人とも」

「よし、じゃあ今日からトイレ掃除はやめよう! 梨花、そのまま放置しておきな」

「え! 今日から?!」

「今日からです、梨花さん!」

「見ちゃってるし、気になるよ~」

「ならない!」

「なりません!」

「でも……」

「でもじゃない!」

「しっかりしてください!」

「どうせ掃除してもしなくても、気付かないよ」

「ですね。もっと早くからそうすればよかったですね」

「本当だね。汚いのが嫌だ、って感情がわいたら、自分たちで掃除すればいいんだし」

「汚い、なんて気にもしませんよ」

「だね。愛ちゃんの言う通りだ」

「大丈夫かな~」

「問題ない」

「問題ないです」

「本当に?」

「梨花!」

「梨花さん!」

「はい。申し訳ない……」














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