■バトルフェイズ〈路地裏の害竜〉

 口火を切ったのは竜のほうだった。鋭い牙が何本も生えた大口を開け、ゲオルグのほうに飛翔する。

 到達する前に、レナーデが竜の背中に短刀を着き立てた。ビルの壁を登って、そこから飛び掛ったらしい。

 竜は呻き声を上げ、レナーデを振り下ろそうとする。

 片方の翼が損傷し、竜は地面に降り、もがいている。

 奇襲を成功させたはいいが、レナーデもしかし、竜の血を浴び苦しんでいた。

「毒か!」

 至近距離から顔に浴び、目に入ったらしい。そんな彼女を竜の尻尾が叩き落した。

 倒れ落ちたレナーデに噛み付こうと竜が口を開けて迫る。

 彼女と竜の間に滑り込んだゲオルグは剣を掲げるが、

「相棒、それはまずいよ!」

 レナーデは叫んだ。

 傷ついた仲間を庇うという行為、その英雄性に気づいたときにはもう遅かった。

 それは一瞬だったが、竜は本来の、英雄の宿敵たる魔獣の力を取り戻した。

 路地裏でダークエルフの魔道士が見せたのとは段違いの炎が、竜の口から吐き出された。

 こいつはまずい、丸焦げか――そうレナーデが思ったとき、ゲオルグは盾を――既に主君のない、黒騎士ブラックナイトであることの証を――掲げていた。

 もちろん、小盾が防ぐには強すぎる勢いの炎だったが。

 その瞬間、竜の吐息にも負けない勢いで、黒い盾は光を放った。

「俺は何者だ? ――何者でもない。お前にとっても、他の誰にとっても」

 既に放たれたはずの竜の吐息は、急激に弱まり、ゲオルグを害すことはなかった。

「俺は、英雄なんかじゃあないさ。だからお前を倒せるんだよ」

 僅かな火の粉を浴びながら、ゲオルグは――黒騎士ブラックナイトの真髄である、〈何者でもなくなる力〉を発揮した記憶のない男は――薄汚い路地裏で害獣を駆除するという、微塵も英雄的ではない一撃を、竜の頭部に放った。

 竜は後ろに倒れ、毒の血を撒き散らしながら、もがき苦しんでいたが、やがて動かなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る