■ミドルフェイズ〈シンジケートの協力〉
ひたすら礼を言うコボルトのガルムを軽くあしらい、本気でボスと会うつもりかと不安げに尋ねる三人に、大丈夫だ、と力強く告げ、レナーデはこの〈島〉を裏から仕切る顔役の下へと案内させる。
「姉さん、そのガーランドって男を知ってるようだったな。あんたはここの人間じゃないのに、昔からの知り合いなのか?」
「ああ、そうさ。あいつのことは良く知ってる」
そう言ってからレナーデはゲオルグの耳に口を近づけて「さっきそういうことにした」と呟いた。
数多の職業があるが、どれもその道のプロフェッショナルとして、とっておきの〈奥の手〉を持っている。
レナーデは薄々ゲオルグが察しているように、まっとうな魔道士ではなかった。
後ろ暗い仕事――窃盗や密輸も厭わない、
姿を消したり、鍵を開けたりといった〈ワザ〉は
その極みが、自らの経歴をも偽装し、相手にそれを信じ込ませる技だ。
それは催眠術やペテンの域を超え、さながら運命を操作するかのように。
初めて出会ったガーランドという人間を自らの運命に――あるいはレナーデというエルフを、ガーランドの運命に紛れ込ませる。他人のポケットに盗品を仕込むかのように、軽やかに。
「レ、レナーデの姉御!」
地下の酒場のVIPルームで待ち構えていたガーランドは、レナーデの顔を見るなり驚愕した。
「久しぶりじゃないかい。あの小僧っ子が、今じゃ〈島〉の顔役たぁ偉くなったもんだね」
「こ、こちらへおいでなら、事前に連絡を頂ければ手厚く歓迎を……」
「そんなのはいいんだよ、ガーランド。あたしが昔あんたの命を助けたのは、もてなしてもらうためじゃないからね。ただ、ちょいとばかし荒っぽい部下を持ってるようだし、もうちょっと丁重に扱ってくれりゃ嬉しかったけどね」
「お、おいお前ら! 姉御に対して何か手荒な……」
厳つい顔で怒鳴られ、萎縮する三人の部下たちだったが、レナーデは制し、
「いいんだよ、済んだことだ」
火球で受けたダメージも、既にダークエルフの女が魔法で回復し、〈薬屋〉ガルムからは回復薬をいくつも礼として受け取っている。
「それより頼みがあるのさ」
「あ、姉御の頼みとあらば何なりと……」
「大したことじゃない。最近、ここいらに竜が出るって話でね。そいつを退治しに来たんだけど」
「それでしたら姉御がするような仕事じゃありやせん、俺達に任せてもらえば……」
「あたしらの仕事なのさ、あんたはそこまで案内してくれりゃあいい。それから、今後は町人をもっと労わるこったね、いきなり殺そうってのはないんじゃないかい?」
「しかし、あのガルムの野郎は借金を……」
「馬鹿野郎!」ガーランドは言いかけた大男に一喝する。「すみません姉御、俺はこいつらに『借金の始末を付けろ』とだけ言ったんで、ちょっとばかし誤解があったようです。今後は入念に……」
「ああ、それならいいんだ。じゃあ、案内を頼むよ」
一同に頭を下げられ、ゲオルグは大したものだと思う反面、レナーデだけで良かったんじゃないかと内心思う。
そんな心を読んだかのようにレナーデは肩に手を置いて、
「さあ、行こうじゃないか、竜退治の時間だよ。あんたが頼りなんだからさ」と言った。
人一人通るのがやっとの路地や、泥の溜まったドブを通って、目的の場所に着いた。
路地の奥の、ちょっとした空き地だ。周辺には飲食店の勝手口や倉庫が見える。生ゴミの饐えた臭いが満ち、ネズミや害虫がゴミ箱の陰を行ったり来たりしている。
案内してくれた部下を早々に帰らせ、ガーランドから渡された、竜寄せの効果があるという香を焚く。かつての英雄的な竜狩りの時代から、用いられていたものだ。
「話したことを覚えてるかい、相棒」短刀を抜いてレナーデが言った。「軽い気持ちで臨むんだ。街の害虫を駆除するってだけの話さ。いいかい、あたしは隠れて、最初の一撃を食らわせる。それで動けなくなったら、あんたが止めを刺すんだ。頭を狙うのさ」
「ああ、了解だ姉さん」
にやりと笑うと、レナーデは左手に嵌めた魔法の触媒である腕輪を掲げ、姿を消した。
息を吐きながら、ゲオルグも剣を抜き、盾を持つ手に力を篭める。
ほどなくして、建物同士の狭い隙間から、ゆっくりと這い出してくるものがあった。
黒くぬめった鱗の、一匹の竜だ。大型犬より少し大きい程度のもので、その動きは昆虫じみていた。
ゲオルグは竜を睨んだ。戦いが始まる。
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