■ミドルフェイズ〈竜狩りの依頼〉

 ギルドの受付、ヴァネッサは二人が未登録の新人と知ると、お決まり通りに竜狩りを提案する。

 この近くの繁華街に一匹の成竜が出てきて、食料倉庫を荒らしているのだと。

「竜は一匹見たら三十匹はいるって言いますからねぇ、やつは住み着いたばっかりみたいですが、このまま巣を作ってつがいを見つけたら、三十匹どころかその倍に増えかねない。ちゃんと燻蒸処理の業者は入れてるみたいですけど、飲食店が多いといつの間にか来ちゃいますからねぇ」

 まるでゴキブリだな、とゲオルグは思う。

「ま、お二人はまるで素人ってわけじゃないでしょうし、行ってちょいと軽く捻ってくれればいいんですよ。初陣にはうってつけじゃないですかねぇ」

 報酬は一週間ほど安宿に宿泊できる程度のものだった。二人は承諾し、現地の地図をもらう。道が複雑なので、詳しい誰かが来るまで待ってから一緒に行ったほうが楽かもしれない、とヴァネッサは進言するが、レナーデは、こっちでどうにかするよ、と断ってギルドを出た。


 竜の出るのは〈島〉と呼ばれる場所だった。かつては竜を倒すための要点として築かれた砦で、湖の中の人工島だ。今やそこには無数の酒場や娼館、賭博場などが立ち並ぶ娯楽施設と化していた。

「まあ、昼前に片付けておくべきだろうね。日が落ちれば人でごった返すだろうし、そうなったら邪魔だろう」


 【聖カルラ通り 接天域五十三番街 通称〈島〉】


 聖カルラ通りの先にくだんの〈島〉はあった。

 湖といっても小さなもので、ぐるりと砦の周囲を囲む、深めの濠のようで、汚水が底に溜まっている程度だ。

 石橋を渡り砦に着くと、そこは広場となっており、市場の神アシュウの像と、水の出ない噴水が中央に設置されている。

「もう結構な人がいるなあ。朝っぱらだってのに繁盛してるじゃないかい」

 噴水にコインを投げ入れ、財宝と剣を手にした神に一礼しながらレナーデは周囲を見回した。

 屋台があちこちに店を出しており、野菜や果物、香辛料、肉、その他ガラクタにしか見えないものを並べている。

「地図によるとこの先の路地に竜は現れたらしいな。ずいぶん、路地が入り組んでるぞ」

「まあ、まずは目撃情報でも探るかね。どうせなら、一発でその場所まで案内してくれる人がいりゃ楽なんだけどさ」

「そう、都合良くはいかないんじゃないかい、姉さん。やっぱり誰かと一緒に来たほうが良かったんじゃ」

「そしたら分け前が減るじゃないかい。大丈夫、なんてったってあんたら人間ヒューマンときたら――」

 言いかけてレナーデは、市場の一角に目を止める。ゲオルグもそちらを見ると、数人の男が誰かを路地の奥に引っ張り込んでいくのが見えた。

「こいつぁ、ちょっと首を突っ込む価値があるかもね」

「どうしてだい、俺たちの依頼とは関係ないんじゃないか。ごろつき同士のゴタゴタだろう」

「そうとも限らないよ。そんな肝心なことまで忘れてるのかい。一旦冒険が始まりゃ、つまらん荒事にさえ意味があるのさ。なんてったって、あんたらにゃ神様の加護がついてるじゃないか。ローギル様のさ」

 ゲオルグがレナーデの言い分を理解しないうちに、彼女は人波をすり抜けて足早に路地へ向かう。ゲオルグもわけが分からないまま、後に続いた。


 薄暗い路地裏、人通りの無いそこで、柄の悪い男たちに囲まれていたのはコボルトだ。ギルドで二人が遭遇した狼男を縮めたような、茶色い毛の犬を立たせたような小男は両手を上げて抵抗の意志のないことを示していた。

「ガルム、商売熱心なのはいいことだがな」褐色の肌の大男がコボルトに顔を近づけて言った。「オレ達への返済期日、とっくに過ぎてんのを忘れちゃいねえか、ええ?」

「いえいえ旦那、滅相もない」震え声でコボルト、〈薬屋のガルム〉は答えた。「ただ、ちょいと返済額には足りないんで、一部だけ、ってのも申し訳ないでしょう。纏めて返すためにもうしばらく」

「もう聞き飽きたぞ、〈薬屋〉」灰色の肌のエルフの女が言う。「ガーランドさんはな、あんたに見所があるってんで末端に置くことを許可してくださったんだ。だけど、あんたときたら博打でスってばかりで、ロクに上がりも出しちゃいないだろう」

「シンジケートには、もう要らないかも知れないな」少年のような外見の風生まれウィンドボーンが、顔に似合わない冷たい声を出した。「この世にもな」

 ガルムは何か言おうとしたが、大男が剣を抜くと言葉を失い、口から出てきたのは呻き声だけだった。

 もはやこれまでか、とガルムが覚悟し、剣が振り上げられたところで声が響いた。

「借金ってのは怖いねぇ。刃物はもっとだけどさ」

 三人が振り返ると、逆光に照らされたエルフの女がいた。片耳の欠けたエルフはのんびりと話す。

「白昼堂々、刃傷沙汰ってのはいただけない。なあ、あんたらどこのモンだい」

「オレ達がガーランド・シンジケートのもんだと知って首を突っ込むってのか? ひっこんでな」

「ああ、ガーランド。あいつの部下かい。あいつも変わったってことかね、こんな荒っぽい部下を雇うなんて」

 遅れて、ゲオルグがレナーデの隣にやって来た。

「姉さん、どうするつもりなんだ?」

「あいつらをぶちのめして、ボスの所へ連れてってもらう。手っ取り早く案内してもらうチャンスじゃないかい」

「誰だか知らないけど、そうはいかないさ」風生まれウィンドボーンが剣を抜いた。「痛い目に合ってもらう」

「よし、まずは準備運動といこうか、相棒。言っとくけど流血沙汰はなしだよ」

「やれやれ、いきなりだな」

 ゲオルグも得物を構える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る