■オープニングフェイズ〈ゲオルグとレナーデ〉3
【冒険者ギルド 聖カルラ通り支部】
冒険者ギルドの歴史は古く、ゲオルグ漂流王が最初の領土〈繁栄の卓〉に着いた直後から始まる。
ローギルによって提示された条件をこなすために、名乗りを上げた人間たちの義勇軍。卓や〈床〉で細々と暮らしていた〈神の兵士〉の末裔――エルフやドヴェル、
ギルドは内装もまた大衆酒場のそれに似て、実際に軽食やエールの提供も行っているようだった。
壁には所狭しと依頼書が貼り出されている。
まだ早朝だからか、客は少ない。ドヴェルの男が長い髭を濡らしながら、朝っぱらから大酒を飲んでいる。獣の相を表したままの、狼の
「おいおい、このオレ様に竜狩りなんざやれってか?」銀の毛並みの狼男は不満そうに言う。「あんなのルーキーの仕事だろ? もっとこう、冒険らしいのをくれよ、ヴァネッサ」
「そうなると商人の護衛とかですかねぇ」ヴァネッサと呼ばれた、眼鏡の女性は頬杖を付きながら言う。「短刀横丁を抜けないといけないんで、あと何人か集めたほうがいいんじゃないですかねぇ」
「そっちのほうが良さそうだ。いいだろ、馴染みのやつらに声をかけてくる。昼前には戻るぜ」
「すいてるし、まずは腹ごしらえしてからでいいんじゃないかい、相棒も腹減ってるだろ?」
「そうだな、何かいただくか」
空いているテーブルに付くと、ドヴェルの客に酒を持ってきた店員が近づいてくる。エルフの若い男性だ。
「いらっしゃいませ、ええ、ご注文は?」店員はやる気なさげに尋ねる。
「えーっと、このジャブジャブ鳥のから揚げとエール二杯、ああ、相棒、酒はいけるだろ? 覚えてないか」
「おいおい、仕事前に飲むのかよ」
「そいつぁ違うぞ若いの! 仕事前だから飲むのよ!」ドヴェルの客が笑いながら言い、杯を掲げた。「そっちの姉さんは、エルフにしちゃ見所があるわい!」
「おたくも大概にしてくださいよ」店員が豪快に笑う客に言ってから、「で、エール二杯でいいんですかい?」と、苦笑いしながら二人に聞く。
「まあ、景気づけってことで飲むかね」ゲオルグはメニューを指して、「俺はこのウィルミア風ピラフってやつを」
「かしこまりました」
店員が下がると、出された水を飲みながら、ゲオルグは気になっていたことを尋ねる。
「なあ姉さん、さっきの冒険者が『竜狩りなんてルーキーの仕事だ』って言ってたが、ありゃどういうことだい? むしろベテランの仕事じゃないのか」
「いやあ、この卓で仕事しようって思ったら、そんな意識じゃあだめさ。ここの〈
レナーデは言う、〈卓〉とはそれぞれが一つの世界のようなもので、各〈卓〉ごとに特性、あるいは法則が存在すると。
それは気候であったり、モンスターの特徴であったり、あるいはもっと概念的なものであったりするそうだ。
「この〈栄光の卓〉の歴史は、竜の討伐から始まったのさ。数多の英雄が、それはもう英雄的に竜を倒し続けた。そこで、竜の王は英雄に対抗する力を身につけたんだ」
それは〈英雄性〉への抵抗力であった。
竜を屠るという英雄的行為に、強き英雄たちは嫌でも引き寄せられる。
しかし、彼らが英雄的であればあるほど、竜たちの息は熱く燃え上がり、その爪は鋭くなり、逆に英雄たちは力を失うようになった。
「それが魔術的なものか、あるいは竜族の進化によるものか、はたまたあの混沌の神の差し金なのかは分からない――あの神様は、冒険を面白くするためなら奇跡、天啓、天変地異、なんでもありだからね。さて、こうして栄光ある英雄たちを退け、竜たちが繁栄を享受したかというと、そうは問屋が卸さなかった。この力は諸刃の剣だったのさ」
冒険者たちはこう考えた――竜を英雄が倒してはいけないのならば――竜を倒すことが英雄的であってはいけないのならば、竜狩りを行うのを、英雄とは程遠いルーキー、ごろつき、名も無き一兵卒による、つまらなくてたやすい仕事にしてしまえば良いのだ、と。
その結果、竜たちの強さも、たやすい仕事にふさわしいものになってしまった。彼らの天を覆う翼は小さくなり、手足はやせ細り、その火の息はベーコンを炙るのにちょうど良いところまで落ちてしまった。今や〈栄光の卓〉の冒険者たちにとって、竜の討伐とは畑を荒らすゴブリンや、下水道のスライムの討伐並みの仕事だ。
とはいえ、竜を狩るという行為自体に潜む英雄性は今でも僅かに残っている。
冒険者がそれに酔いしれてしまったり、あるいは他の卓からの来訪者が竜を狩るとき、再び彼らは恐るべき魔獣としての顔を見せるのだ。
「相棒、肝心なところまで忘れてちゃ困るから、言っておくけどさ」ようやく運ばれてきたから揚げを口に放り込んで、レナーデは言う。「ローカルじゃあない、この世界――ディシリング全土のルールは、あたしたちは盤上の駒であるってことなのさ。あんたら
乾杯をしようとエールの杯を掲げるレナーデ。同じくそうしながら、ゲオルグは問う。
「それじゃあ、過去も無く仕える主君のいない
「過去はなくとも未来はある。冒険に満ちた未来さ」
二人の冒険者は杯を打ち合わせた。
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