2.8

 私は警備隊に連れられ狭い部屋に閉じ込められた。彼らは皆、私を汚物のように見るのであった。


「では君の素性を教えてくれないかい?  なに情報は揃っているんだが、確認のためにね」


 果たして私の素性が彼女の自殺にどう関係しているのか分からなかったが私は言われるがまま洗いざらい話した。私が何か言うたびにわざとらしく相槌を打つ警備隊員は髭面の中年で、私を連れてきた者達とは違い同情的な態度を持って接してくれたのであった。


「まぁ人生ってのは色々あるもんだ。女に先立たれて悲しいだろうが、君も男だ。これからは真面目に働き道を歩き直さなくてはならない。何、魔法学校を出たんだ。何とかなるさ」


 人の暖かさというものが、こうも目頭を熱くさせるとは思いもよらなかった。私は涙を堪え、ただ「はい。はい」と小さく声を出し、なぜ私は今までこういった人と縁がなかったのだろうかと人生を儚んだのであった(最初に親身になって情報を引き出しやすくするのが彼らの常套手段だと、私は知らなかった)


 あらかた私の話を終えると髭面の男と交代して、鋭い目つきの男が入ってきた。彼には事件当日の行動を話した。これも私は嘘偽りなく話した。男は冷たい表情で逐一確認し、無駄な話を一切しなかった。あまりに事務的な為に私はどうにも人と話している気になれなかったが、最後に「エリート様も大変なものだね」との皮肉をいただきこの人は生きているのだなと確認できた。その際に私はかつて交友があったゴーハを思い出した。彼もまた、皮肉と嫌味を得意としていたのだが、あれは私の魔法に対する妬みなのだと気がついていた。私にしたら、自由に生き方を決める事ができた彼の方がより優れ、羨ましく思えるのだが。


 その後事務手続きを済ませて完全に聴取が終わり、私は解放されたのだが行く当てがなかった。女の家に戻る気はしなかった。だがやはり、田舎にも、チェルシーの元にも行けなかった。

 金は幾らかあった。女から小遣いで貰ったものだが、それでもほとんど使わなかったので(酒代と飲み代は女が出してくれていた為)しばらくは生活する事ができた。部屋を借り、役所に行って仕事を探す毎日であった。しかしやはり軍隊と工場の募集がほとんどで、事務職はどこも間に合っているようであった。


 上手くいかず、裏路地の粗末な酒場で鬱憤を晴らすはずが逆に鬱屈となる。薄いアルコールが喉を焼き、胃を荒れさせ、血を汚しながら身体に浸透していく。不快であった。それを吐き出すのが大層苦痛であった。

 自らの吐瀉物を見据えながら、さらに酒を飲まなければならないという脅迫観念に身体が強張る。また酒を飲み吐き出す。それこそ、血反吐が出るまで。


 その頃には浮浪者を見つけても、なんの愉悦も感じなかった。明日は我が身と思い、途端に彼らが憎々しく思えた。私は苦しんでいるのに、なぜお前達はなにもしないのだと、理不尽な怒りを燃やし、彼らを睨みつけるのであった。


 家から役所へ行き、酒場に寄って酔いつぶれ吐き、知らぬ間に帰って、起きてはまた役所へ行く。その繰り返しに段々と苛立ちを覚えるようになってきたとき、「もし」と役所の広場で声を掛けられた。見ればどこかで知った顔であり、それが学生時代、グレイが去った後、戯れに抱いたあのつまらない女だと気づくのに少しの間を要したのであった。


「ヨウ君じゃないかしら。お久しぶりじゃない。私のこと、覚えていらっしゃる?」


「あぁ、エインズワースさん」


 彼女を苗字で呼ぶと、「やぁよ」と言って私の唇に人差し指を置いた。随分と馴れ馴れしい態度であったが別に何を言うこともなく、私は「エマ」と呼び捨てにしたのであった。


 彼女は奔放な娘でどうにも疲れる。話も私にはおよそ理解できない世俗的なものばかりで、いったい何が楽しくて私に纏わりついていたのか分からなかった。


「お仕事を探してるの?  きっと無駄よ。だってもうすぐ戦争が始まるんですから、あなたみたいな柔な人、どこもお呼びじゃないんですから」


「知っているさ。ただ、働かなくちゃいけないだろう」


 そう言うと、エマはクスクスと笑い私を見つめた。小馬鹿にされた気分となり不愉快であったがそれも仕方ないと思い「じゃあ」と彼女に別れの言葉を告げた。すると何を思ったのかエマは私の腕を掴み「待って」と引き止めたのである。


「このご時世、貴方に務まるような仕事なんかないわよ」


「探してみるさ。なければ、死ぬだけだ」


「あらいやだわ。死ぬだなんて、そんな度胸があれば兵隊さんでもなんでもやれるでしょう?」


 彼女の言うことは正論であった。軽薄な口調はまったく女のいやらしさを凝縮したようで苛立たしさを覚えたが、その正しさに私は反論のしようもなく、「それもそうだ」と苦し紛れに相槌を打つしかなかった。

 自分でも分かっていることを他人に、しかもこういう人間にズバリと突かれると、どうにも私は駄目であった。元来の卑屈が拍車をかけ、一刻も早く逃げ出して酒に溺れたい衝動に駆られるのだ。酒が、酒だけが私の心を癒してくれた。全てを飲み込み、安楽を与えてくれた。ほんの、瞬き程の間であったが……


 エマは私がふさぎ込んだのを見て 「相変わらずお暗いこと」と鼻で笑い、言葉を続けた。


「もし貴方がいいのなら、お仕事を紹介しようかと思ったのだけれど、いかが?」


 エマが言うには、彼女の働く雑誌組織の人間が数人志願兵となった為人手が不足しているのだそうだ。世情から募集をかけるわけにもいかず、どうにかして欠員を埋めようと尽力しているとの事であった。私はその話を聞いて、二つ返事で快諾し、部屋も狭いながらも今より気の利いたものが与えられた。トントン拍子に話が進んでいき、少しばかり、これから先を恐怖したのであった。

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