1.5

 それからまた幾月か経った。深緑が赤や黄色に染まって落ちて哀愁を漂わせていた。

 私は相変わらずグレイと遊び呆けていたが、勉学の方も最低限。というより、抜かりなくやっていた。それは志が高いわけでもなかったし、妹に対する罪過の意識によるものでもない。ただ、自分はちゃんとできると、まったく真面目で優良であると周りに見せたいが為だけの矮小な承認欲求に他ならなかったのである。 

 そんな私とは反対にグレイの成績酷いものであった。当然だ。テストなど、白紙で提出していたのだから。


 しかし誤解して欲しくないのだが、グレイはまるきり馬鹿というわけではない。彼は一見して反骨心ばかりの愚かな不良生徒と思われがちであるが、授業での答弁では先生方も舌を巻くほどの知識をよく回る舌で、皮肉たっぷりにご披露していた。それ故に、よく嫌われ、よく睨まれていたのだが。


「ナガツキ君。君は友人を選びなさい。じゃないと、堕落の一途を辿ることになる」


 私は先生方からいつもこのように言われていた。そして「はい分かりました」と返していた。友人を庇うことも、気持ちを代弁することもせず私は保身に走り、またグレイに対しても「先生方は阿保ばかりだ」と悪口を利くのであった。まるで蝙蝠のように二つを行き来し、双方の信用を得ようと画策していた。私はそんな自分の行いに酷く苦悩した。仕方ないのだと言い訳をした。そんな時だけ妹を、家族の名を頭に浮かべ、見えぬもせぬ誰かに必死で弁明していた。なんともはや度し難く、恥知らずにも。

 だが、そんな自責の念も抱く必要がなくなった。グレイが放校となったのである。

 

 学生にあるまじきふしだら。ならびに度重なる素行不良によってエドワーズ・グレイを放校処分とする。


 グレイがいない教室で、先生がそんな文句を告げた。もし私が真にグレイの友人であるならば、この場で食ってかかり、場合によっては鉄拳をもってして彼との友情を示さなければならない。しかし私は何もできなかった。むしろ自身に処分がないことに胸を撫で下ろし安堵していた。仮にも友と呼んだ人間が追放されたのにも関わらず!


 グレイの件はそれで終わりだった。少しばかり彼の悪口が聞こえたが、すぐになくなった。ある者が「よかったじゃないかナガツキ君。これで勉学に励めるぜ」と皮肉を吐いてきたのを微笑で返した。私は体調不良を訴えて帰宅し、彼と初めて出会った海に行った。秋の潮と、薄い青を敷いた空とが私を迎えただけで他に何もなかった。ありはしなかった。友人を見捨てた私に、何も与えはしなかった!


 その夜。窓を叩く音が聞こえた。ちらりと見ると、グレイが顔を覗かせ手招きをしていた。私は一応部屋に鍵をかけ、窓から外に這い出した。


「放校になった」


 開口一番に彼はそう言った。私は「知ってる」と答えた。


「女を買っていたのがバレてな」


「それは、君だけじゃないだろう」


「一人で通っていたところを見つかったのさ」


「僕も、一緒に……」


「学校を辞める」その一言が出てこなかった。目を伏せて口ごもり、彼を裏切った。そんな私の情けない心情を察したのか、グレイは静かに笑ってみせた。一片の曇りもない、美しく眩しい笑顔……私の罪悪感はさらに膨れ上がり、言葉で彼に伝えたかった。謝罪をしたかった。しかし、やはり口が上手く動かずにモゴモゴと妙な動きをするだけに終わった。それを見たグレイが、代わりに声を発した。


「お前さんは、続けるべきだぜ」


 その言葉を聞いて、私は安心してしまった。彼の友情を失わずに、彼が去るのを見送り、私は変わることなく今までの生活を送ることができる。そんな腑抜けた考えを抱き、心の底からよかったと思ってしまった。


「じゃあ、達者で」


 グレイは去って行った。私は、それを無言で見送り窓から部屋に入った。秋風が身体を冷やし、少し震えたが涙は出なかった。それから卒業までは何もなかった。陰気な生徒達と卑屈な笑いを浮かべながら青春の残り火を燻らせた。その生活で楽しいと思った事は何一つない。無為な毎日が続く中、勉学と自涜を慰みにして一日一日を過ごした。ある日、グレイがいた頃に知り合った女と出会ったので戯れに抱いてみたが何も感じず、ただ鬱憤を白濁と共に吐き出すだけに終わった。虚無感だけが残る学校生活であった。

 そして私は成績優秀な生徒を装い無事卒業して、働きに出ることになった。先生方が口々に「おめでとう」と言ってくれたが、私は笑顔を作りながら心の中で彼らを罵倒した。本来私が受けるべき批難を、投げられるべき罵詈雑言を私は私の中で、決してバレる事なく彼らに浴びせ続けた。

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