1.3
グレイはよき友となった。勉学一辺倒の学校の中で、若さを発散させ合う盟友となったのだ。
それまで遊びといったら下手な絵を描くとか散歩をするとか、そういった素朴な、純情なものしか知らなかった私に彼は気前よくものを教えてくれた。どこそこの喫茶店はパイが上手いだのなんだのや、競馬やコロシアムの賭け方、軽薄なダンスに熱を捧げる下品な社交場での振る舞いなど、私がおよそ経験したことのない忘種の仕方を、彼は教えてくれたのである。他の者は例に違わず遊びに耽る私を誹り見下したが、等しく正面を切って言ってくる者はいなかった。
彼との交友はだいたいが楽しかったが、一つだけ困る事があった。それは、彼の手癖の悪さであった。
グレイは私がいようといまいと女に声を掛け、行動を共にする。女がなびかぬ事もあったが、だいたいは上手くやった。それは良いのだが、私にも女を充てがうのは、どうにも慣れず、堪え難かった。
姉と妹がいた為女には慣れていたが、それはあくまで家族としてであり、女として、私は女を見る事ができなかったのである。しかし彼女達は私に女として見るよう強要し、私の事も男として扱った。それがどうにも穢らわしいような、気色が悪い感じがして好きになれなかった。
「お前さんは衆道を嗜んでいるのかね」
グレイはからかうように私にそう言った。私は「馬鹿な」と返したのだが、果たして自分は男色に染まっているのではないかと考えぬでもなかった。女に対して劣情しないのは勿論、別に男相手に血を滾らせるわけでもなかったが、グレイと初めて会った時に見た彼の、美さえ感じるような健康的な裸体の方が、軟い女の肢体よりまだ官能的であるように思えた。
私はグレイに女を贈られてもそれをどうこうしたいとは思わなかったし、返って煩わしいとさえ感じていた。女という生き物は、私にとって小煩い羽虫と同じであったのだ。
ある日の事である。グレイは私にとある提案を持ち掛けてきた。「女を買いにいかないか」というものであった。
「君は女には困っていないのだろう? わざわざ金を出して抱く必要性があるのかね」
「逆さ。困っていないからこそ、金を出して買うんじゃないか。なに、お前さんの金は俺が出してやるから、一つ付き合えよ」
グレイは一度決めるとそれを覆す事はなかった。仕方なしに、私は彼に付き合い、背徳の園へと同行し、遊女を買う事になったわけである。
薄い灯りが淫猥に光る中を、誰もが何ら恥じることなく大きな顔で道を歩いている。それどころか、どこの店の女の具合がよかったと声高らかに叫ぶ者もおり、どうにも嫌悪感が湧き上がるのであった。そんな私をよそに、グレイは適当な店を選んで「ここにしよう」と入っていった。
「君はこういった場所によく来るのかい?」
「いいや。初めてさ」
待合室での会話である。私は、彼の恐れを知らない性格に呆れ果ててしまった。
程なくして私達は呼ばれ別々の部屋へと入った。その部屋の中でもまたしばらく待っていると小さな足音と共に、薄着の女が部屋に入って来るのであった。そうしてベッドに座る私のすぐ隣に座り「今夜は楽しみましょう」と耳元で囁いた。女の色香は思ったより濃厚だった。まるで興味が湧かなかった女に対し、私は夢中になり、乱れ、嫌悪した。そして女が最後に吐いた一言が、私にとどめを刺したのであった。「お子様はこれっきりにしておきなさい」
部屋を出ると既にグレイが待っていた。挨拶は無用であった。私達は打ち合わしたように、歩幅を合わせ、その場を後にした。
道中、グレイが「よかったかい?」と聞いてきたものだから私が「そうだね」と答えると、グレイは「そうかい」と言って笑った。会話はそれきりで終わってしまった。
私が女を買ったのはこれきりであったが、その日からしばらく、悪癖が身についてしまった。しばしばあの艶やかな女との一夜を思い出し、淫らな妄想を膨らませて自らを罰したのである。
罰。そう。それは罰であった。欲望に溺れ、色欲に流された私に与えられた、決して満たされぬ渇望……悪癖は、私に快楽ではなく悲しみを与えた。しかし止める事はできなかったのである。私は時に涙を流し、何者かに対し懇願したのであった。どうか、私を許してくださいと。
声は虚しく響くだけであった。酷い絶望感に苛まれた。しかしなぜだか、グレイによって与えられた女は抱く気になれなかった。後によって気がついた事であるが、どうやら私は、人の陰に惹かれるようであった。あの時私は、売春宿の女が待つ暗い淫奔に惹かれたのだ。
歳の近い女達は、私にとってどうにも眩しく、苦痛であった。
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