第46話タニア


ステイゴールド領から、少し離れた古い小さな病院の中。


ミミミは、キッチンで朝食の用意をしている。

朝日が差し込む、気持ちのいいキッチンだった。


食パンをトースターで二枚焼いて、目玉焼きを二つ作っている。

しかし、フライパンの上の目玉焼きはうまく黄身が固まってくれない。

ミミミは、黄身が固めの目玉焼きが好きだった。

どんどん火を強くしていく。


フライパンを見つめていたら、なんだか焦げ臭い気がする。


ハッとして、トースターを開けたら、見事な炭が出来上がっていた。

しかし、その色があまりにも見事な黒だったため、ちょっと見とれたり、

つついたりしていた。


また、ハッとして、フライパンを見ると、目玉焼きから煙があがっている。

慌てて火を消し、中を見ると黄身も固まってない。


ミミミは、もう嫌になり、そのままにして床に座り込む。

するとキッチンに誰かが入ってきた。


「あ〜ぁ…な〜に…この匂い?」


それは、八雲が連れて来た女だ。

タニアという名前だった。

八雲がネロの世話をすると言って、この家を動かないミミミに、

ついでに、この女を見張ってるなら許すと言い、押し付けて去っていった。


彼女は、ここで寝泊まりして2日目になる。

昨日は一日中、部屋で酒を飲んでて、出てこなかった。

ミミミと会ったのは、初日以来だ。


八雲はミミミに、イグニスにもっと近い場所で拠点を作ったら、連絡すると言い、去っていった。


ミミミが、無言でタニアを見上げている。


寝起きの体には、スケスケの布をまとっている。

そのうえ下着も着けてないから、全てが丸見えだった。


ミミミには、なぜ見えてるのに着ているのか、わからなかった。


ゆるく巻かれたミルクティー色の髪は、計算しているかのように、

乳首の辺りでフワフワと遊んでいる。

形の良い胸、見事にくびれてから豊かに膨らんだ下腹部には、

毛が生えてないのか処理しているのか、

影が全く見えない。

見事な大人の体と、とろけそうな甘いその瞳に見つめられると、ミミミは女の自分でも、なぜかドキドキしてしまう。


タニアは、床に座り込むミミミを見下ろして、伸びをしている。


「う〜ん…朝日がまぶしくって、目が覚めちゃった〜。

 ……なんか作ってんの?」


「…」


ミミミは何も言わない。


タニアは、匂いのするフライパンを見つけた。


「目玉焼きか…」


「…」


そう言うと、コンロの火を着け別のフライパンを置いた。

油を引き、玉子を二つ片手で割り、水を入れて蓋をした。


ミミミは、タニアをただ見ている。


タニアは、トースターから炭を取り出すと、新しい食パンを二枚入れて、ツマミを回す。

そして、棚からカップを四つ取り出し、二つにインスタントコーヒーの粉、残りの二つにコーンスープの粉を入れた。

フライパンの隣で沸いていたヤカンから湯を注ぎ、スプーンで混ぜると、冷蔵庫からミルクを出し、

コーヒーに入れた。


そして、皿を用意するとフライパンを持ってきて、目玉焼きをそれぞれの皿に入れる。

フライパンをシンクに入れると、トースターからパンを取り出し皿に置く。


冷蔵庫から、レタスとトマトを取り出し、軽く洗って、

レタスを適当にちぎり、トマトを八当分に切ると、皿に盛り付け、

冷蔵庫から、ドレッシングとバター、イチゴジャムををテーブルの上に置き、椅子に座った。


「いただきま〜す」


タニアは、美味しそうに朝食を食べだした。

そして、口に入れたまま、


「はへないの〜?」


「…」


ミミミは立ち上がって、椅子に座った。

ミミミは、意外だった。

テーブルの上には、綺麗な朝食ができている。

だらしなさそうな見た目と違い、普通に朝食を作ったタニアに少し興味が湧いた。


いつものミミミなら、誰かに世話になっても、何か気に入らなかったが、

なんとなく、タニアには嫌な感じがしなかった。

押し付けがましさや、気遣いがない気がした。

自然だった。


ミミミは、無言で食べる。

普通に美味しくて、むしゃむしゃ食べ続けた。

タニアが話しかける。


「朝食、二つ用意してたみたいだけど、私の分だったの〜?」


ミミミはハッとした。

タニアがその顔に気づく。


「あ〜ぁ…この家、他に誰かいるんだぁ?」


ミミミは、食べるのをやめ、もう一度キッチンに立った。

が……さっき、自分がダークサイドに引き込んだパンと目玉焼きが、そこにいて、

フーコー言ってる。

ミミミはゆっくり振り返り、くちをとがらせ、腕を組んでつぶやいた。


「作り方…教えていいよ」


タニアは、食べかけのパンをくわえたまま立ち上がった。


__________________________


ネロは目をつぶっていた。


部屋の外から、足音が聞こえている。

ミミミだろうと思った。


喉が渇いている。

横たえていた体を起こし、サイドテーブルに置いてある、飲みかけの水で喉を潤した。


体を確かめてみる。

ゆっくりと目を閉じて、手を握り、力を入れて感覚をたどる。

完璧とはいかないが、昨日まであった痺れはなくなっている。

体を伸ばしたり、ねじったりしてみる。

包帯をまいている場所はまだ痛むが、動けない痛みではなくなっていた。


ふぅ…っと身体中の空気を吐き出し、ゆっくりと息を吸い込む。

肺の痛みもない。

大丈夫だ。


ゆっくりと目を開ける。


すると、ドアが開いてミミミが入ってきた。


両手に抱えたトレーには、朝食が乗っている。

ミミミはこぼさないように気をつけながら、サイドテーブルにトレーを置いた。

ネロは、朝日に照らされた朝食のかなりまともな見た目に、少し驚いてしまった。

その顔に気づき、ミミミが腹を殴る。


「今、ビックリしたろ!……いつもみたいに缶詰じゃないから…」


「……」


ネロは、ミミミを見つめる。

お前が作ったのか?

と言う顔だ。

ミミミは、うなずく。


しかし、なおもネロは見つめてくる。

耐えきれず、ミミミはスッと目を逸らした。


その時、またドアが開いた。


開いたドアの隙間から、すべりこむようにタニアが腰から上をのぞかせる。


「!」


ネロは見た事のない顔に、枕の下に手を入れた。


「あぁあぁあっ!」


っとミミミが叫んで、タニアに駆け寄る。

そして、タニアの前にたちはだかり、両手をバタつかせた。


「ネロ…!…違う…大丈夫!…敵じゃないから!」


ネロは、枕から手を抜いた。

タニアは、気にせずに部屋にぴょんぴょんと跳ねながら、入って来た。

その姿はさっきと同じ、スケスケのままだった。


「あぁあぁあっ!」


ミミミは、また叫びながらタニアにしがみつき、

胸と下半身を隠す。


「な〜んだ…男がいたんだぁ…」


タニアは、妖しい笑みを浮かべて、しがみついたミミミをゆっくりと抱きしめて、

ネロを見つめる。


ネロは、瞳以外は動かさないまま、小さい声でつぶやく。


「誰だ?」


その声は低く、まるで真夜中に降る雪のように静かで、濡れた月を映した湖のように黒かった。

タニアには、森の奥深くの洞窟で鳴いている、黒狼の声に聞こえた。

なぜか、タニアにはその声がヒドく悲しく聞こえてしまい、何も答えられない。

代わりに、ミミミが答えた。


「ネロ…この人タニアって言うの。

 この前、八雲があたしに見張ってろって、連れて来たんだ」


「…」


「その朝食もタニアが教えてくれたんだ。

 別に悪い人じゃないみたいだから…ネロも心配しなくていいよ。

 わかった?」


「ああ」


そう言うと、ネロはやっとタニアから瞳を逸らした。

タニアも、視線を逸らされたせいで、悲しみの呪縛から解けた気がして、

しゃべりだした。


「ふ〜ん…ネロっていうんだぁ…よろしくね〜」


クネクネと巻いた髪に指を絡ませながら喋るタニアを、見もせずに、

ネロは無反応なまま、トレーに乗ったコーヒーを口に含んだ。


タニアは、そのネロの顔を覗き込む。

胸に抱かれてるミミミは、おのずとエビ反りのような態勢になった。

タニアは顔を、ネロと9センチの距離まで近づけた。

それでも、ネロはタニアを無視してパンをかじる。

タニアは少し首をかしげて、つぶやいた。


「…ネロってさぁ……ゲイなの?」

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