第45話きっかけ


数時間後。

ブラッドベリー領内の外れを、ロデオソウルズの一行が歩いている。


ニーナが、八雲につぶやく。


「サラス達…素直な奴らだったね」


「うん」


片桐も会話に入る。


「ああいう方々は、この世界にいて欲しくないんですけどね」


ニーナが聞く。


「どうしてだよ?

 良い奴がいるのは悪い事じゃないだろ?」


「いいえ、もしあんな方々が敵になってしまっては、殺す時に心が痛みますから」


ニーナが言う。


「うそつけ…片桐に心なんて、ないだろ?」


「ハハハハ…ニーナもひどいですね…

 団長、何か言ってやてくださいよ…」


「確かに……

 私や片桐よりは、良い奴らだったな」


「団長……フォローはナシですか…」


後ろにいたバニラが八雲に声をかける。


「……団長…」


八雲が振り向くと、バニラは無表情ながら、少し不満そうだった。


どうしたんだろう、と八雲は首をかしげながら考えてると、

バニラは手に持っている鎖を見せるように、少しだけ動かす。

そして、八雲は気がついた。


「あ……忘れてた。

 バニラ…ちょっと待って」


八雲は、少し前を行く片桐を呼び止める。


「…片桐ぃー!、もうブラッドベリーの領地は抜けてる?」


片桐は胸元から地図取り出し、今いる場所を確かめてうなずく。

八雲もうなずきかえし、バニラに、


「ありがとう、バニラ」


そう言って、バニラの鎖を引き継ぐ。

そして、傍にある建物に一人で入って行く。


近くにいたカイトが、立ち止まって、八雲の背中を見つめている。


ニーナと片桐がそれに気づき、ニーナが呼びかける。


「カイト、どうした?」


「…あぁ…うん…」


「…なんだよ…団長がどうかしたか?」


カイトは、八雲が入って行った建物を見つめたまま、二人に話す。


「団長…変わった様子なかったか?」


「…いつだ?」


「サラスに会いに行った時だよ。

 俺は、ブラッドベリーにいる団員の所にいただろ。

 だから、サラスの所に行った時の団長どうだったかなって…」


ニーナと片桐は顔を見合わせ、ニーナが答える。

「どうって…特別おかしな感じはしなかったよ」


カイトはちょっと間をおいて、


「二人は、ブラッドベリーに来てないから知らないんだけどさ、

 ブラッドベリーの幹部達に攻撃を仕掛ける時、俺達は合図を決めてたんだ」


片桐は、それに答えた。


「知ってますよ…何か団長が大きめの音を立てるって合図だったはずですよね?」


「ああ、聞いてたのか…

 そうなんだけどさ…

 その合図は、なんでもよかったはずだろ?」


「ええ」


「それなのに、団長…わざわざ酒を飲みながら会議に出て、

 そのグラスを落とした音を合図にしたんだ」


「…酒…ですか?」


「ああ…団長が酒飲んでる姿、二人は見た事あったか?」


二人は考え込んでいる。


「だろ?…そうなるよな?

 しかも、ブラッドベリーの奴らが言うには、前の日から飲んでたって言うんだぜ?

 …ちょっと普通だとは思えなくてさ」


少しの沈黙の後、ニーナがしゃべりだした。


「…メイジを殺った事…だろうな」


カイトがうなずく。


「…ああ…たぶんな

 べつにさ……自分でやらなくても、良かったのにな…

 ネロが怪我してたからかなぁ…」


カイトの言葉を、片桐が柔らかく否定する。


「いや、ネロが怪我をしてなくても、団長は自分でやったでしょう。

 他の誰にもさせなかったでしょうね」


ニーナが悲しそうな顔をする。


「自分でやって……自分で苦しんで……なんなんだよ…まったく…

 不器用な人だな……」


しばらくしてから、片桐が二人をうながす。


「二人とも、先に行きましょう。

 団長は、私たちがここで待ってる事、知ったら…きっと嫌がりますよ。

 彼女は、人に心配される事が苦手ですから」


そう言うと片桐は、先に歩き出し、二人も少し間を置いてから、歩き出した。



八雲が入った建物は、小さな工場のようになっていた。

さっきまで、バニラがその手に持っていた鎖の先についているのは、

深見だった。

八雲は、深みをひざまずかせ、顔を覆っている袋を外し、さるぐつわも外した。


ガランとした部屋に、深見の荒い息遣いと、声が響く。


「…はぁ…はぁ、ブラッドベリー…もう抜けたんだろ?」


「ああ」


「…じゃあ、もう俺は必要ないだろ…」


「そうだな、ガレインも追いかけて来ないようだから、もういらないな…」


「ここで、自由にしてくれ…もうお前らには関わらんから…」


「当たり前だ。

 …だが、お前は戻ったら、私達の代わりにサラス達に仕返しをするだろ?」


「…しない…約束する…」


「本当か?」


「ああ」


「わかった」


深見は、安心して大きなため息をついた。

やっと、この屈辱から解放される。

この巨団の団長である自分を、こんな目に合わせた、八雲達を絶対に許さないと思った。

戻ったら、どうやってこいつらを殺そうか考えた。

団員も一人残らず殺してやると、心に決めた。


しかし、しばらく八雲は黙っている。


「……どうした…早く、縄を解いてくれ!」


深見が叫ぶ。


「お前…そういえば女の事を聞いてこないな…もういいのか?」


「いい…もうどうでもいい…それより俺を…」


「大事な女だから、取り返したかったんじゃないのか?」


「もういいんだ!あの女のせいで、こうなったんだ!

 もし俺にもう一度顔を見せたら、この手で粉になるまで切り刻んでやる!」


「……やはり…そんな考え方をするんだな」


「……どういう意味だ…?」


「いや…いい…お前はそんな奴だ」


二人とも無言のままで、しばらく過ぎ、八雲が静かに喋りだす。


「そういえば……お前は私と初めて会った時に、侮辱したな」


「……何の事だ?」


「自分の女になれと…」


「…わ…悪気はなかった…綺麗だと言いたかっただけだ…」


「あの時、私は酷い気分になった。

 おかげで、酒が止まらなかったよ」


「それは…俺のせいじゃ…」


「罪を償ってもらう」


「そ…それだけで、俺は殺されるのか!

 たったあの一言だけで…!」


「ああ…私はお前を、殺す為の、きっかけを探してただけだから…

 これで十分だ…」


部屋には、静寂が訪れた。

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