第36話メイジ
次の日の午前中。
ステイゴールドの拠点のビル。
屋上に作られた菜園で、サラスは作業をしている。
そのサラスに、団員が呼びかける。
「サラス隊長、八雲殿が呼ばれてます」
「八雲殿?」
サラスが作業をやめ、顔を上げると八雲が屋上の柵に手をかけ、空を見ている。
サラスは、八雲が心変わりして、昨日断った説得をしてくれるのではと期待をした。
「八雲殿」
サラスは八雲に駆け寄る。
八雲は何も言わず、サラスを見ている。
「……あの…説得を」
「おい…覚悟はあるか?」
サラスは、八雲の急な問いかけの意味がわからなかった。
「…覚悟?なんのですか?」
八雲の目は、少し厳しくなる。
「…団の者を守る覚悟はあるのか!?」
サラスは、八雲のした当然の問いかけに少し腹が立った。
なぜ、急にそんな事を言うのだろう、と。
「当たり前じゃないですか!
そんな事を聞かないでください!」
そういうと、八雲は立ち去りながら、
「そうか…
邪魔したな」
と屋上を出ていった。
「なんなんだ…あの人?」
サラスは、厳しい八雲の目が、頭の奥に染み付いた気がした。
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一時間後。
ステイゴールドの団長室。
団長のメイジと八雲がお茶を飲んでいる。
メイジはカップを口につけて話す。
「こうして、ゆっくり話す事なんて、
あの頃はなかったんじゃないか?」
「ああ、そうだな」
「たった何年か前の話なのに、わしには、どこか遠い昔のような気がするよ」
「ああ」
「八雲はずいぶんと大人になったな」
「あんたは、歳をとったみたいだ」
「はははは…そうだな、最近は戦闘に出る事は、めっきり減ったからな。
いい加減、後の者にまかせて老兵は身を引いた方がいいとも思ってる」
「そうしないのか?」
「そうしたいが、若い奴らもまだまだでな。
結局わしが出しゃばらなければならん事ばかりさ」
そう言いながら、メイジは大きく開かれた窓をみる。
陽の光が、部屋にさんさんと降ってくる。
「これからも、ずっとそうしていくのか?」
「そうもいかん。
無敵と言われたわしにも、寿命があるからな。
ははは…いずれは、次の者に席をゆずるつもりだ」
「誰か決めてあるのか?」
八雲の問いかけ、少し間をおいて答える。
「ああ…もう決めてある」
「誰だ」
メイジは腕を組み、片目だけを開け、八雲を見る。
「…まだ誰も知らんのだがな……まぁいい…教えてやろう。
実は……わしの子供だ」
八雲は目をしかめて、メイジを見つめる。
「子供?」
「ああ、そうだ」
「あんたに子供はいないだろ。
どういう事だ?」
「ははは…仕方ない。
昔のよしみで教えてやるんだからな。
誰にも言うんじゃないぞ?」
「…ああ」
「実は…まだ生まれてはおらん」
「何?」
「これから生まれるんだ」
「これから?」
「ああ、今わしには連れがいるんだ」
「…身ごもっているのか?」
「さあな…でも、いつできてもおかしくはない。
その子が、わしの跡を継ぎ、皆を守っていくんだ」
八雲は持っていたカップをソーサーの上に戻す。
「…驚いたよ」
「ははは…そうだろ、そうだろ」
「……あんた、ほんとに歳をとったな」
「まだまだこれからだ。
はははは…」
八雲は、静かに席を立つ。
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