第26話柊



旅館の一室、綺麗な枯山水の中庭が見えている。

大きな和室をぐるりと囲むように、中庭に面した板張りの廊下が黒光りしている。

そこに、机と椅子を二脚置いてある。

片桐副団長は椅子に腰掛け、地図とノートを広げ、額に左手の人差し指を当て、

何かを思案している。


ふすまの向こう側で、声が聞こえた。


「どーぞ」


片桐が答えると、柊が入ってきた。


柊は、ロデオソウルズの医療班長だ。

男達の間で、ロデオソウルズの色気担当などとも言われている。

いつも濡れているような艶やかな長い黒髪と、アンニュイな表情で、

意識的か無意識かわからないが、常に男達を勘違いさせている。

医療班でありながら、匂い立つような大人の雰囲気と、自然な流し目という、

最も強い毒を持っている。


その柊は、着物姿だった。


「コーヒー、置いておきますね」


和室のテーブルに、コーヒーとクッキーの入った皿を置いていく。


「ありがとう」


柊は、部屋を出ていこうとすると、


「柊さん」


片桐は呼び止めた。


「?」


柊は、振り向き片桐を見つめる。


「今、忙しいですか?」


「……いえ…特には…」


「少し、話しませんか?」


「……ええ、いいですけど…」


柊は、少し不思議そうな顔をしながら、

片桐に近づき、板張りの横の畳に腰を下ろす。


「着物、お似合いですね」


「…あら…ありがとうございます。

 少し前に、ここで見つけて……

 でも、やっぱりちょっと恥ずかしいですね」


柊は、少しだけ恥ずかしそうに笑っている。

旅館の中に、綺麗なままの着物がいくつか置いてあり、

数日前にエリーがたまたま見つけて、何日か陰干しをし、今日着付けてみたのだった。


「私だけじゃないんですよ…今日、着物を着てるの。

 エリーも、コノハも着てるんです。

 見ませんでした?」


「いえ、まだ拝見してません。

 是非、お二人にも時間が空いたら、見せに来て欲しいと伝えてください」


「ええ、伝えておきますね」


「でも、着物は着付けが大変だと聞きますが、

 誰か知ってたんですか?」


「ええ、大変でした。

 誰が知っていたと思います?」


「う〜ん、これは難問ですねぇ…」


「でしょ?

 ウフフッ…こんな遊びのクイズに付き合ってくれるなんて、

 副団長も意外と子供なんですね?」


「ははは、やめて下さいよ。

 私はただ、勝負を挑まれたら、受けずにはいられないだけの、

 ……立派な大人ですよ?」


「あら…少年ぽさって…魅力的ですよ?」


「そうですか…?

 しかし……着付けかぁ…」

 この旅館にいるのは、幹部ばかりですから、

 幹部の中の誰かが着付けを知ってたって事ですよね」


「ええ…着付けができるような、おしとやかな人、

 いなさそうですか?」


「いいえ、とんでもない。

 誰が出来ても不思議じゃないですよ…

 …淑女ばかりが揃っていますから」


「えぇ?…本気で言ってます?」


「……一部…訂正しておきましょうか」


「まぁ…誰が訂正されたのかしら?」


「それは、さておき…

 …是非、当てたいなぁ…

 ヒントは頂けませんか?」


「……そうですねぇ……意外な方かも?」


「……意外…ですか…」


「さすがに、聡明な副団長でも、難しかったみたいですね」


柊は、決断力の早い片桐の珍しく悩む姿が見られて、嬉しそうだ。


「降参されますか?」


「ははは、やめて下さいよ。

 私は、降参とピーマンが嫌いな……立派な大人なんですよ」


「あら……そうでしたね。

 ウフフフ」


「よし、推理しますよ?

 この旅館にいる女性は、

 …団長、ニーナ、バニラ、エリーさん、コノハさん、柊さん、キツネ、ミミミ、

 の八人ですね。

 まず、着付けが出来そうなイメージの方は…」


「あれ?誰もが出来そうだったのでは?」


「この言葉は、私の心の声ですから、聞かないでくださいね?

 出来そうなのは…エリーさん、コノハさん、柊さん、ですね。

 

 残る候補は五人…キツネは忍びのような衣装を着けてますから、

 意外ではないので、外します。

 

 ミミミが、皆さんと仲良く着付けをするとは思えませんから、

 外します。


 ニーナは、着付けどころか、いつも裸同然の格好をしてますから、

 外します。

 

 となると、団長とバニラの二択が、意外というカテゴリーに当てはまりますね」



「なんだか……凄く正しく聞こえるんですけど……全て偏見と勘ですよね…」


柊は、遊びのクイズに真剣に望んでくれる片桐を、好ましく思いつつも、

軽い恐怖を覚えた。


「……柊さん…」


「はい?」


「当たった時には、何かご褒美を頂けるんですよね?」


「ご褒美?

 差し上げるものが、あればいいのですが…」


「では、キスを頂きますが、よろしいですか?」


「……今それを言うなんて……

 あっ、この言葉で私が動揺したら、正解に近いって考えてるんですね?」


「ははは、そんな姑息な手は使いません。

 ただ、どんな生き物でも、目の前に獲物がぶらさがってれば、

 執念という、見えない力で、勝利を嗅ぎ分ける事ができるんです。

 唇を頂いて、構いませんね?」


「………」


柊は、動かずに片桐を見つめている。

それを見て片桐は、微笑む。


「沈黙は是なり。

 ありがとうございます。

 正解は………団長ですね?」


「……どうして?」


「……さぁ?」


「今まで理論的だったのに……最後の理由は教えてくれないんですか?」


「……勘ですよ…

 

 ……正解……ですか?」


「……」


柊は何も言わずに立ち上がり、片桐を濡れたような瞳で見つめている。


片桐は、少しだけ目を細めて、柊を見つめる。

そして、ゆっくりと自分も立ち上がり、柊に近づく。


中庭には、音も立てずに霧雨が降りてきていた。


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