第4話 天国の風景
外へ出ると、柔らかな風が優樹と遥を暖かく迎える。
雲一つない大空には、朱と紫の美しいグラデーションがかかっており、うっすらと星が輝いている。図書館は木々に囲まれており、優樹の住んでいる街にはない自然の癒しがそこにはあった。
「はー……空気が美味しいねぇ」
「そうですか? 館内と同じで何の味もしませんけど」
「いや、そういう意味じゃ……あはは」
「?」
遥のマジレスに思わず微笑む優樹。
彼は話題を変えようと思い、ネタ探しのため辺りを見回す。
まず目に入ったのは、図書館の入り口へと続く石畳と、手入れの行き届いた芝生の庭であった。
「や~……風景もそうだけど、図書館やその周りもすごくキレイだね」
「来館される方のために、しっかり清掃していますからね。美観を損ねるわけにはいきませんので」
「そっかー……お庭もこれだけ広いと手入れが大変そうだね」
「いえ、庭仕事は好きなので苦ではありません。アホの陽介や天然気味のセラさんの相手をする方が大変です」
容赦ない遥の言葉に、優樹はついゆるんだ表情で笑ってしまう。
仲がいい者だからこそ言える、冗談が含まれた正直な言葉なのであろう。
次に優樹は空を見上げてみる。
最初に空を見たのは館内の窓越しだったため気付かなかったが、開けた視界で注意深く見ると、現世にはない不自然な物体がそこにはあった。
「ねぇ小泉さん……あれってもしかして……岩? 何か浮いてない?」
優樹が上空に向かって指をさす。
遥は彼の指し示す方角に向かって目を細める。
「んー……あれは岩じゃなくて島ですね」
「島!? 何で島が浮いてるの!?」
優樹はついうっかり大声でツッコミを入れてしまう。
静寂を好む遥にまた怒られるのでは、と叫んだ後に気付き謝罪の体勢に入ろうとする。
「ああ、館内じゃないので大声を出しても大丈夫ですよ。てゆーかそんなに怯えないで下さい」
「ご、ゴメン、条件反射というか……」
「何ですかそれは。まぁいいです。そういえば現世の島って浮いてないんでしたね。天国ではあれが普通なんです」
何か腑に落ちない表情で遥は歩き出し、優樹の問に冷然と答える。
そして遥の後姿を追う形で、優樹も石畳の上を歩いて行く。
「島が浮いてる……ってことは、もしかして今いるここも?」
「はい、浮いています。浮いていない島は天国にはあまりないですね」
「えっと……じゃあ地面には何があるの?」
「海があります。少数の小島もありますが、現世みたいな大陸はありません」
二人は会話をしながら、図書館の入口である石門の方へと足を進める。
そよ風を感じ、庭に咲く花を見ながら優樹は口を開く。
「そっかー……雰囲気や感覚は似てるけど、やっぱり僕の住んでる世界とは随分違うんだね」
「まぁ天国ですからね。遠くからの景色になると思いますが、海も見てみますか? 中々の絶景ですけど」
「ホント? うん、ぜひお願いするよ。ありがとう小泉さん」
「いえいえ、では近くの岬まで案内します」
優樹は遥の何気ない優しさに笑みをほころばせる。
自分が生死の境を彷徨っていることを、つい忘れてしまいそうになる。
石門付近で歩みを止めると、優樹は腰の高さ程の青い台座を目にする。
台座には神秘的な紋様が描かれており、その上には青白く光っている珠が浮いていた。
「んっと……光る珠が浮かんでるけど……何なのかな、これ?」
「これは転送装置です。天使の方々が造ったもので、これを使えば色々な島に行くことができます」
優樹は目を大きく見開く。
自分の見た天国からは現世ほどの文明発達がなかったため、このようなオーバーテクノロジーがあることに驚愕している。
そして天使……まだお目にかかってはいないが、やはり天国には天使が存在しているのである。もしかしたら現代人より天使の方が科学力を持っているのではと憶測する。
「色々な島に転送って……またすごい物だね。天使の方々って頭がいいの?」
「んー……本当に頭脳明晰なのは一部の者だけですね。あとは人間と同じでピンキリです。離れた島はもちろん、この島の岬にもいけます。試しに転送してみますか?」
「転送か……どうしよう…………うん、それじゃお願いするよ」
優樹は歩きながら道中の景色を見てみたかったが、それ以上にどんな感じでワープされるのかが気になった。
遥は左手で光る珠に触れ、開いた右手を優樹の方へと向ける。
「では私の手を握って下さい」
「え? 手を?」
「はい、個人での転送方法を一から説明するのが面倒なので。手を握っていれば一緒に転送できますから」
「そ、そっか……うん、わかった」
優樹は差し出された遥の手をそっと握る。
今まで女の子の手を握る機会などほぼ皆無であったため、優樹は少し緊張している。若干冷静さがなくなっていた優樹であったが、遥の様子がおかしなことに気が付く。どういうことか、細く小さなその手は僅かながら震えていた。
「あの……私に触れても平気なんですか?」
「へ?」
真剣に見つめる遥は、優樹の手を強く握る。
その眼差しと、少しだけ潤んだ瞳に鼓動が高鳴る。
「私の手、冷たくないですか?」
「う、ううん。全然、普通にあったかいけど……」
優樹がそう答えると、遥は安堵の色をあらわし息をつく。
「そうですか……膝の上で安眠しているのを見て、もしやと思って試してみたのですが……やはり生者の方は変わっていますね」
「???」
「フフッ、何でもないです。では行きましょう」
珠が輝きを増し二人は光に包まれる。
遥の自然な笑顔を初めて見た優樹であったが、何がそんなにうれしかったのか……
答えを聞く間もなく、優樹は遥とともに光の中へ消えていった。
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