第3話 父と娘
それから更に三十分後――
「あっはっは~! いやー、相変わらず遥の力は悪魔じみているな~!」
声の主である陽介は、図書館の玄関口にあるソファーにどっしりと座って高笑いをしている。
机を挟んで向かいに座っている遥は、相変わらずの無表情で本を読んでいる。
遥の隣りに座っている優樹は、先程までかなりの重傷を負っていたにも関わらず、今はピンピンしている陽介を見て、苦笑いを浮かべながら話しかける。
「陽介さん……回復すんの速いですね」
「おう! 俺の魂は頑強だからな。あの程度のスキンシップは日常茶飯事だし、
何の問題もねぇよ」
陽介の言うスキンシップの定義がよくわからない優樹。
遥のスピードといい、陽介の回復力といい、それらは現世の人間では到底なし得ないものだと優樹は思った。
読書中の遥は基本無口になるため、会話は自然と男性二人のみとなる。
優樹は陽介と年齢が一回り離れていたが、気さくな所や雰囲気がどことなく母親と似ていたため、とても話しやすく感じていた。
色々な談笑をしている中、陽介はふと優樹に付いているあるものに違和感を覚える。
「あっ、つーか優樹よ……その頭に浮いてる輪っか邪魔じゃねーか? それ念じる
だけで浮力をなくしたり、小さくしたりできるからやってみな」
陽介はそう言うと、自分の右手首に付いている腕輪状の光輪を優樹に見せる。
試しに優樹は自分の望む形状になるよう念じてみる。すると光輪は、腕輪サイズにまで縮小し彼の頭上に落下する。
「いたっ……おおっ、こんなことができるとは」
頭に乗った光輪を手に持ち、陽介と同じように右手首に付けてみる。
光量も調整できるようで、優樹は光輪を普通の白い腕輪に変化させる。
「一応、それは人間の証だから大事に持っておけよ。まぁどっかになくしても、
自動で戻ってくるけどな」
「じ、自動で? すごいですね……わかりました、大切にします」
優樹は光輪に関する知識を少しだけ得る。
読書中の遥の方をチラッと見るが、彼女がどこに光輪を付けているのかはわからなかった。
「さて、話しは変わるが優樹……お前さんがここに来た経緯はセラから聞いている。
災難だったな……見ず知らずの野郎に殺されかけるとは……」
「は、はい……」
これまでの軽いノリとは対象的に、陽介はやや重めのトーンで優樹と対話する。
自分の娘に抹殺されかけた陽介も大概であったが、自業自得なので災難具合は優樹の方が大分上であった。
優樹は改めて、自分に重傷を負わせた凶人の顔を思い浮かべる。
「あの人が誰なのか本当にわからないんですよね……今まで他人から殺意を持たれるようなことはやってませんし」
「そりゃお前さんの人柄を見りゃわかるさ。うーむ……だとしたら、精神のイカれた通り魔かもな。何にせよ不運なこった」
優樹と陽介は同時に深いため息をはく。
本を読み終え、暗く淀んだ空気に気付いた遥は、ある一つの案を提示する。
「気分転換に外に出て散歩でもしますか? 近場なら案内しますけど」
「え? う、うん。じゃあお願いしようかな」
少し戸惑った後、優樹は笑顔で答える。
彼の知っている天国の風景は、図書館の窓から見た夕焼空と木々のみ。遥の厚意により、現世とどんな違いがあるのか幾分か好奇心がそそられた。
「何だよ遥、随分気が利くじゃねぇか。その優しさをこっちにも少しは分けてほしいもんだが……あ、俺はまだやることが残ってるから、二人で行ってきな」
「? 館内の仕事はもう終えていますけど」
「館長業務ってのがまだあるんだよ。それとセラがそろそろ帰ってくる頃だろうから、散歩のついでに迎えに行ってやれ」
「はぁ。わかりました」
二人は席を立ち、優樹は陽介に一度会釈をする。
そして遥に先導される形で、図書館の玄関口へ足を進める。
座ったまま二人を見送る陽介は、扉が閉まった後小さく呟く。
「見た感じ、優樹は多分大丈夫だろ……生死の境にいて死ぬやつは、もっと目に力がねぇからなぁ……」
安心感を与えることができたかもしれないが、確信が持てなかったので陽介はこのことを優樹に伝えなかった。
「あと俺がいると遥のやつ、絶対喋らんからな……同級生との会話で、少しでもコミュ力を上げてほしいもんだ」
親の子に対する小さな思いやり。
訳あって天国には、血の繋がった家族はあまり存在しない。
陽介と遥も例にもれず全くの他人同士である。
それでも、ある縁により幼少の頃から育ててきた遥は、陽介にとって大切な一人娘なのであった。
陽介は席を立つと、ありもしない仕事を探しに館内へと歩いていった。
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