第7話茜色
私は目を覚ますと手足を伸ばし「うーん」と言いながら屈伸をした。隣には鈴原健という男がまだ眠っていた。昨夜のことを思い出し、思いっきりしたなあと頷くと腰上げベッドを下りて洗面所で顔を洗うことにした。
洗面所に着くとまずは鏡を見た。肩までのショートカットで化粧のしていない目はまだ眠たそうにしていた。パジャマを着ており白色の半袖のTシャツに襟元が深緑色に染まっているものだった。ズボンは半ズボンで桜の花弁の刺繍がされていた。
蛇口をひねりお湯を出すと顔を洗いタオルで濡れた顔を拭いた。それで眠気が収まったのか鏡に向かい笑顔を作った。ピンク色の唇は健康そうで良い一日が始まったと思えた。
ベッドが置いてある部屋に戻るとカーテンを開けた。この上ない朝の陽射しが私の全身に降り注ぎウキウキとした気分になった。同時に真夏の朝陽の熱さを感じ全身が動き始めたかのような気持ちになった。壁にかけてある時計を見ると六時半であった。彼を起こそうかと思っていると別室の扉が開き爽子が出てきた。
「おはやい、起床ね。あら陽射しが良いじゃない。本当に晴れ男なんじゃないこの人」と爽子は言った。そしてパソコンデスクに座りタバコを吸い始めた。空気清浄機がそれに反応して動き出す。
「おはよう。彼も起こさないとね」私はそう言い、起きなさいと言いながら彼を揺らした。やがて彼は目をパチパチと瞬きすると体を持ち上げた。彼は目をぎゅっとつぶりそれから目を開いた。
「今何時?」彼はそう言い。私は掛け時計を指差した。「六時半か、そうだ今日は仕事だスーツで出勤しないといけないのから、一旦自分の家に戻るよ。家に戻ってから会社に行ってもは十分間に合う遅刻にはならない」彼はそう言うとベッドの淵に腰を移し両手のひらで顔をゴシゴシこすった。
「顔を洗ってきたら洗面所はお風呂場のところにあったでしょ」と私は言い、彼はそれに従い腰を上げ洗面所に向かった。
「それで朝食はどうする?抜きにしましょうか?昨夜のカップ麺で最後よ」と爽子は言った。いけないそれを忘れてた。私はどうしようか考えていた。「早くにやっているレストランでもあればいいんだけど、何か知らない?」爽子はそう言いながらタバコを吸い続けている。
「私は知らないわ。コンビニで済ませちゃう?」私は簡単に朝食は済ませちゃおうと思いそう言った。洗面所の扉が開き健が戻ってきた。
「そうだ髭剃りもしないと、帰ったら」と健は言った。
「ねえ、今朝食の話をしているのだけど、あなたはコンビニの食べ物でいい?」と爽子は言った。
「構わないよ」と健は言い床に腰を下ろしあぐらをかいた。「床が暖かいなあ」子供のように健はそう言った。「そういえば夢は見なかったね」と何気なく健は言う。
「そうね見なかったわね。安心したわ」と私は言った。そして化粧の道具を持ってきた化粧を始める。爽子もタバコを消して私の側に座り同じく化粧をする。
「女の人は先ずはお化粧なんだね」と健は当たり障りのないことを言い。私達が化粧をするのを見ていた。「部屋の窓を開けるよ」と言って窓を開けた。網戸を通して生暖かい風が侵入してきた。私は夏の渦中にいることを実感した。私は空を見上げると水色の空に雲一つないことに気がついた。今日はこれから暑くなりそうだった。
そんな思いに浸っているとアークティック・モンキーズのShe's Thunderstormsが流れ始めた。その曲は太陽がギラギラと照らしている赤レンガの壁からひょっこりと顔を出した少し日に焼けた女性のように私は思えた。どこかその女性はオードリー・ヘップバーンと似ていると私は思った。どうやら爽子が音楽をかけたみたいだった。Suck It and Seeというアルバムである。硬質でそっぽを向いたロック少年のようなそのアルバムは私も好きだった。本のひとさじ、ブラックコーヒーのような苦味と砂糖菓子のような甘さが隠されているように感じていた。
化粧が終わり、私と爽子は別室にパジャマ着替えに行った。部屋の中に入ると箪笥から服を出した。今日は藍色に白の水玉がついたワンピースにすることにした。後ろを見ると爽子もゴソゴソと箪笥から服を出している。私はパジャマを脱ぎそのワンピースを着た。爽子も服を選んだようでパジャマを脱いでいる。爽子は肩まで出た濃紺のTシャツにオレンジ色のズボンだった。その濃紺色に私は林檎の匂いを連想した。心地悪い気分になったが直ぐにそれは元に戻り部屋から出た。
「じゃあ車でコンビニでも行きましょうか。何を買ってきて欲しい?」と爽子は言った。
「あ、僕も行きますよ」と健は言い、それなら私も、と私は言った。
爽子が先頭に立ちその次に私最後に健が続くと玄関で靴を履き部屋から出た。鍵を施錠し廊下を進む。部屋の外は既に暑かった。窓を閉めることを忘れていたがここは十三階だし泥棒も入らないだろうと普段から私は思っている。そのままエレベーターに進み下りのボタンを押した。
しばし待つとエレベーターが到着しドアが開いたその中に三人とも入ると一階のボタンを押す。エレベーターは音を出さずに地上へ下りていくとドアが開き外に出た。
駐車場へ向かう。むしむしとした暑さに私は少し汗をかいていた。車は赤色のミニクーパーである。今日も大人しく止まって主人が乗るのを待っているようである。爽子は鍵束を取り出しリモコン式の鍵が開くボタンを押し運転席に入った。私は助手席に入り健は後部座席に入った。
「ミニクーパーか。かっこいいですよねスタイリッシュで」と健は言った。
爽子はそれに「そうでしょう。市街に順応された走る獣よ」と言った。
エンジンを掛けるとカーステレオからケミカル・ブラザーズのGoが流れた。爽子はリズムをハンドルを握りながら指先で取り、流暢な英語の発音で歌い始めた。爽子の歌は艷やかで胸を踊らすような感覚があり、私はその歌声が気に入っていた。冷房がゴーゴーと音を鳴らし風を送り、爽子はアクセルを踏むと車が発進した。
「コンビニの食べ物と言うとお弁当とかかしら」
「唐揚げとか肉まんもあるんじゃない?」と私は言った。
「僕はこの前菓子パンを食べました」
「じゃあ私は肉まんでも食べましょうかしら。久しぶりだわ肉まんを食べるの。中華街で食べてかしら」
「中華街の肉まんは大きくて美味しいですよね」
「二人でこの前行ったのよ。美味しかったわ」と私は肉まんの味を思い出しながら言った。たけのこの感触がコリコリとしていて肉汁で唇が濡れてハンカチでお互いのを拭いたりしたことを。
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