第6話Clair de Lune
ずるずるとカップ麺をすすり食べ終わると爽子は「タバコ吸っていいかしら?」と聞いた。
「どうぞ、吸って下さい。そろそろ帰らないとな」と健は言った。
両切りのタバコをシガレットホルダーに押し込みカルティエのライターで火をつけると「今夜は泊まっていったら。私は別の部屋に布団をしいて眠るから」と言い煙を吸い込み吐き出した。甘いタバコの匂いがすると部屋に置いてある空気清浄機が音を立てて動き始めた。
健はその発言に胸がドキドキする気持ちになった。「いいんですか?」
「いいわよ。その代わりしっかり楽しませなさいよ。私は先にシャワーを浴びて寝る支度を別の部屋でしてくるわ」と爽子は言った。そして立ち上がり「着替えを取ってくるわ」と言い別の部屋に向かった。
残された健と茜子はお互い目を合わせ、恥ずかしげに目を伏せた。しばらくすると「片付けるわね」と茜子が言い、健はそれを手伝うとカップ麺を流しに置きに行った。別の部屋から着替えを持ち爽子が出てきてすれ違った。
「あ、そうだ。あなた着替えはどうする?」と爽子は言った。
「この服のままでいいですよ」
「夏だし汗かいたでしょ。シャツだけでも着替えたら?貸してあげる下着はないけどね」と爽子は言いまた部屋に戻った。
たしかに健は汗をかいていたしこの後に控えるセックスに向けて下着も取り替えておきたかったがそれは仕方ないこととしてシャツだけ取り替えることにした。
それから爽子は直ぐに戻ってきて水色の可愛らしいTシャツを健に渡すと「一緒に入る?」健の間近に来て色っぽく言った。
「・・・」健はドギマギし、無言でいると「嘘に決まってるじゃない。貴方ってお馬鹿ね」と爽子は言いクスリと笑った。それに対し健はこの女にはもううんざりした気分だった。「じゃあシャワー浴びてくる。その後は茜子と一緒に入るのも自由よ。どうぞご堪能くださいませ」と風呂場へと向かっていった。健はため息を吐いた。
「なんかごめんね。二人で暇しちゃうし、ゲームでもする?」と茜子は言った。テレビにPS2を繋げ準備をしている。
「PS2か、いいよ。ゲームソフトはなんだい?」と健は言いゲーム機に近づいた。
テレビの電源を入れ、ゲームが表示する画面にするとPS2の画面が映った。「この前からやってるゲームなんだけどホラーゲームなのよ。ノベル形式で進行していくから私が読んでいくわ」とコントローラーを握りしめ茜子は言った。
それからそのゲームを三十分程すると爽子は風呂から出てきて「お風呂空いたわよ。じゃあね、おやすみ。もう寝るわ」と別室に向かった。
そして二人は一緒にお風呂に入りその後セックスをした。お互い久しぶりの性交渉なのか激しく盛りあった。その後二人は就寝した。そこで二人は同じ夢を見た。
そこはいつかと同じように月面であった。辺り一面に広がる黄色くキラキラと月は輝き機械的な色合いを放っていた。それは硬質なピアノの音色がドロドロと溶けていくかのようであり、永遠に溶けていく黄色の氷河を思わせた。セイレーンが歌っているような誘いの光景、ゆるやかに死神の胎内に沈没してく船。
二人はその湿度を感じると口を開く。しかし言葉は音にならなかった。二人の間にはやはりゆり籠のようにベッドがあった。当然のように二人はベッドに入ると溶け込むようにセックスをした。体内は熱で暴走しゆらゆらと炎のようになり、下へと向かって蒸発していく。体がなくなっていく感覚が二人にはあった。茜子はそれに恐怖を感じ、健はそれに興奮を覚えた。茜子が下になり健は上に乗り激しく突いていた。いつしか茜子は恐怖からか健の胸元を握り爪を立てていた。爪が肌に食い込み血液を滴らせ、茜子の顔にかかった。血液は林檎の匂いを発し、色は紺に近かった。
叫び声を上げるために口を大きく開き息を送る茜子であるが、それは音にならない。数分それが続き、健は射精した後パタリとのしかかるように茜子に倒れた。健は重く茜子は精一杯力を入れてそれを押しのけると自分を落ち着かせるため茜子は深呼吸を始めた。ドライアイスの冷気を混ぜた林檎の強い匂いが鼻につき顔をしかめると身震いをした。しかし肌寒さは感じなかった。
健は死んでいるように動かなかった。その体はうつ伏せになり玉のような汗をかいていた。目を閉じ茜子は呼吸浅くし落ち着けると天井を見つめた。そこには何かが映されるはずだった。茜子はそう感じていた。しかし数十分待ってもそこには何も映されなく落ち着いて眠くなってきた茜子は夢の中で眠った。
再び目を開けるとそこは自分の部屋であった。だが隣には健はいなかった。ノイズキャンセリングヘッドホンを付けているような、飛行機の中のような、高速道路の中のようなそんな耳の圧迫感があった。
腰から上だけ上げると目の前には子供の握りこぶしくらいの月が浮かんでいた。どこからかドヴュッシーの月の光が流れていた。
月は立体的であり斜めにゆっくりと回転していた。それは秒針の音がしない、コツコツとは進まなくスムースに進むゼンマイ時計のように回転している。光を当たりにちらし室内にある小さなホコリがその周りだけちらちらと反射している。それはどんな宝石にも上回るクリスタルのようにも思えた。
茜子は金縛りにあったように硬直し、やがて月はゆっくりと茜子の口元に近づいてきた。茜子は自分の意思とは関係なく口を大きく開くと月は口の中に入っていった。月は溶けていった。月は夏の涙の味がした。ちょうど透明なかき氷が溶けて水になったような甘い味わい。
そして茜子はカクカクと電池が切れそうなロボットのように瞼を閉じ、口を閉じた。すると完全に電池が切れたように倒れ込んだ。茜子の頭をやわらかく枕は乗せていた。
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