第29話

 昼休みになるとクラスメイト達が弁当を広げるが、昼食を用意していない隆輝はしばらく思案する。


「どうした?」


 それに気が付いた功二が声を掛けるが、功二も弁当持参という様子はなかった。


「昼飯をどうしたものかと思って」


「用意してないのか?」


「すっかり忘れていた」


「じゃあ、購買か学食だな」


「どう違うんだ」


「ここの学食は、それなりにメニューもあって良いぞ、購買はパン食のみだから、パンな気分の時は購買だな」


「なるほど、前の学校には学食なんかなかったからな」


「じゃあ学食行くか」


「だな」


「隆輝」


 2人が歩き出してすぐに後ろから声をかけられる。声の主はアイリで相変わらずの笑顔でこちらを見ていた。


「昼食どうするの?」


「学食に行こうと思って」


「一緒に行っていい?」


「ああ」


 隆輝はそう答えつつ、功二を見ると彼は既に表情を緩ませていた。


「私もいるわよ」


 アイリの背後から愛美が現れると、功二の表情は一瞬にして強張った。


「じゃあ行こうぜ」


 気にする素振りも見せず隆輝は歩き出すが、その様子に愛美は少し驚きを見せつつも、アイリに促され隆輝の後に続いた。


 学食には既に列が出来ていたが、想像以上に広く席には余裕があった。


「明日から1年生も利用するけど、3学年分を想定しているからまだまだ余裕があるわね」


 アイリは隆輝の考えていた事を見透かしたかの様に言う。


 食券制の為4人は券売機に向かう。券売機では現金だけではなく、学生証にチップが仕込まれている事から、それをかざす事での事後清算も可能となっていた。

 アイリは隆輝にそのやり方を教え、隆輝も無事目当ての食券を購入する事が出来たが、その間の周囲の男子生徒達の視線が隆輝に容赦なく突き刺さっていた。


 4人はそれぞれ目的のメニューを揃えて席に着き、食事をとりながら雑談を交わす。


「いやぁ、それにしても、また同じクラスになるなんて嬉しいねぇ」


 功二はそう言って喜色満面の笑みを浮かべると、アイリは表情を緩ませるものの、愛美は反対に表情を固くする。


「なんで津村まで一緒になるかな」


「ちょ、ちょっと愛美、それはないだろ」


「気安く下の名前で呼ぶな」


 そのやり取りを見て、アイリは思わず我慢しきれずに笑う。


「相変わらずだね」


「2人は仲がいいのか?」


 隆輝の問いに、愛美と功二は厳しい表情を隆輝に向ける。


「どこをどう見れば、そう思えるのよ」


「全くだ」


「2人は同じ中学だったけ?」


 アイリの言葉に、何故か功二は慌てた様子を見せる。


「そうそう、うちの中学からは2人しか入学しなったけど、誰かさんは中学の時とは、全くの別人になってしまったから」


「お、おい、やめろ」


「だから、昨年同じクラスになっても、最初は気が付かなかったわ」


 功二は愛美の言葉を遮ろうと、身体をバタつかせながら声を上げるが、愛美は構う事無く続ける。


「中学の時は、地味で目立たなかったのに、高校に入った途端派手になってさ」


 功二は愛美の言葉に、抵抗を諦めすっかり肩を落とす。


「まあ、良いんじゃないのか、何か変えたいと思って実行したんなら」


 隆輝は落ち着いた口調でそう言うが、内心はあまり興味が無いらしく、その視線を目の前のランチセットに向け、1人だけ箸を動かしており、それに気づいたアイリも思わず苦笑する。


「隆輝」


 功二はそんな隆輝の内心を知ってか知らずか、隆輝の言葉に思わず涙ぐむ。


「まあ私としても、そこまでは良いんだけどね」


 愛美はそこで大きなため息を吐く。


「まさか、入学初日にアイリに口説きに行って玉砕して」


 その言葉に功二の顔は青ざめるが、対照的にアイリは要領を得ない様な表情を見せる。


「へえー、振られたのか」


 隆輝はそう言って功二を見ると、功二はすっかり意気消沈しているが、なぜかアイリは困惑した表情で首を傾げていた。


「もしかして、アイリは覚えがないのか?」


「う、うん」


「嘘?」


 愛美は驚いた表情をアイリに向けるが、やはりアイリは


「ちなみに功二はアイリになんて言ったんだ?」


 隆輝は功二を見ると、功二も観念したように隆輝を見る。


「いや、俺と付き合ってくれ!って」


「で、アイリはなんて答えたんだ?」


「いいですよ。って」


 功二の答えに隆輝は意外そうな表情を見せる。


「ただその後に、どこに行くのですか?ってさ」


 隆輝は吹き出しそうになるのを堪えアイリを見ると、やはりアイリは困惑した表情のままであった。


「私、功二に悪い事言ったの? ごめんなさい功二」


「いや、アイリは何も悪くないぞ」


「私もそう思うな」


 隆輝と愛美の意見があった事で、アイリもようやく落ち着きを取り戻した。愛美の話では功二はその後、アイリ以外の女子にも声をかけまくっては、その都度玉砕していった。

 その為、功二が女子の間では要注意人物の1人に数えられている事を暴露し、功二の生命力を一時的にゼロにしたところで、その話題は終了となった。


「それにしても、なんでアイリはそこまで委員にこだわるんだ?」


 ふと隆輝は、ホームルームの事が気になってアイリに尋ねる。


「だって、せっかく皆に貢献出来るチャンスなのに、何もしないなんて」


「それがアイリちゃんの良い所ではあるよな」


「あんたは、もうしばらく黙ってなさい」


 愛美の強い口調に功二は押し黙る。


「で、何が気に入らないの?」


 愛美は返す刀で隆輝を見るが、その視線は厳しいものがあった。


「いや、先生が言っていたクラブ活動が、というのもあるんだろうけど、あそこまで止められるというのが気になってな」


 隆輝がそう言うと、アイリは急に落ち着きがなくなり隆輝から視線を逸らす。


「よく分かったわね」


 感心したかの様に愛美が呟く。


「という事は、実際に何かあったのか?」


「まあね」


 アイリが愛美を止めようとするが、愛美は構う事無く話し始める。


 その内容は昨年の秋の事で、当時アイリはクラス委員を務めており、尚且つクラブは秋の大会に向けて精力的に動いていた。

 それだけでもアイリの労力は相当なものであったが、文化祭実行委員に欠員が出たことで、それを積極的にカバーした結果、疲労で熱を出して寝込んでしまったとの事であった。

 その話を聞いて隆輝は、アイリには当然ナイトガーディアンとしての活動もあったはずなので、自然とアイリに厳しい表情を向けてしまい、それを見たアイリも困惑の表情を見せる。


「ま、まあ、それだけ頑張り屋と言う事だから」


 愛美も2人の様子に、思わずアイリをフォローする。そしてその言葉を聞いた隆輝は、溜息を吐くと再びアイリを見た。


「これからは、1人で何でもしようとしないで他人を頼れ。俺も出来る限り協力するから」


 隆輝の言葉にアイリはいつもの笑顔に戻る。


「分かった。そうする」


 その様子を見て愛美は口元を緩ませた。

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