第21話

 その時、香織の映像の隣に、新たな映像がバイザーに映し出される。


「ご苦労」


 映像は学園長である綾のもので、その声が聞えた途端、隣に映っている香織は、別の場所にいるのにも関わらず緊張した面持ちで背筋を伸ばす。


「はい、副指令」


「状況は?」


 香織はそれまでの情報を復唱し、綾に伝える。


「了解した」


「あの、副指令」


「どうした?」


「こちらには来ないのですか?」


「明日の始業式と、明後日の入学式の準備が、まだ残っていてな」


 その言葉に香織は唖然とする。その表情は普段決して見せる事がないものである為、隆輝達は思わず吹き出しそうになるが必死に堪えていた。


「冗談だ」


「は、はあ」


 表情を変える事無く真顔で答える綾に対し、それが本気かどうか分からず、いつの間にか香織の額にはうっすら汗が浮かんでいた。


「それに言ったはずだ。私や司令は最早調整役に過ぎないと、実戦の指揮は君が取るようにと」


「そ、それは、そうですが」


「出来ないか?」


 綾の言葉に香織の表情は一瞬硬くなるも、すぐに意を決した様に真っ直ぐ見る。


「いえ、やります!」


 香織が声を張り上げても、綾の表情は変わらないものの、どこか安堵している様に見えた。

 隆輝は2人のやり取りから、香織自身も指揮官としての経験は浅く、不安を抱えているが、自分達には決して見せない様にしていると察した。

 同時にその香織が力強く意思表示した事で、隆輝の意志も強くなる。


「質問はそれだけか?」


「は、はい」


「それでは皆の健闘を祈る。しかし決して無理をするな、君達は何よりも自分達の事を大事にしなければならない」


 ふと隆輝は綾が自分を見ている気がした。

 今見ている画面は自分以外の皆も同じものであるのにも関わらず、隆輝はなぜかそういう感覚にとらわれる。


「大袈裟に聞こえるかも知れないが、君達は夜の世界を追われようとしている我々人類の希望なのだから」


「希望?」


「そうだ、だから易々やすやすと散ってもらっては困る。どんなに無様な状況に陥っても生き残る事を優先するのだ。生き残った者には未来があり、そして1人でも多くの他人ひとの未来をも守る事が出来るという事を覚えていてほしい」


 綾はそう言うと、右手で自らの左の肘あたりを探る。


「ふ、副司令」


 香織は途端に慌てる様子を見せるが、当の綾は気にする事無く何らかの操作を施す。

 するとカチャと何かが外れる音と共に、綾は自らの右手で左手首を引くと、肘から下が袖から伸びて来る。

 隆輝達は一瞬驚くものの、すぐそれが義手だという事を理解した。


「私の左腕は奴等との戦いの中で失ったが、それでもこうして生き残った事で、ナイトガーディアンという奴らに対抗する手段を得る事が出来た。と言っても、もちろん戦うのは君達だがな」


 そう言いながら、綾は自嘲気味に笑う。


「やられっ放しだった我々の分まで、君達が借りを返してくれれば、溜飲りゅういんが下がるというものだろ。身勝手過ぎると思われようが構わない。どうかそれを見せてくれ」


 その言葉に香織は思わず敬礼を見せるが、それを見た綾が咳ばらいをすると、香織は慌てて手をおろした。


「諸君らの健闘を祈る」


 その言葉と共に、綾の映像はバイザーから消えたが、隆輝達は気分が高まっている事を自覚する。


「直ちには発進せよ!」


「了解。天候は晴れ、目的地上空まで60秒で到達します」


 香織の言葉にヘリのパイロットが応えると、すぐにヘリは上昇を始めた。

 地上までの通路はコンクリと金属で補強されており、位置と距離を測る為に等間隔でライトが灯っている。

 それは初めて見る隆輝や晶にとっては、不思議な光景以外の何物でもなく、まるで地下から伸びる導管を伝って、夜の暗闇に吸い込まれていく様な錯覚すら覚えた。

 そして、ヘリがその姿を地上に現すや否や、そのまま夜空に舞い上がり移動を開始する。


「一ノ瀬」


 香織の声に、皆の視線がアイリに集中する。


「これより先は、一ノ瀬に現場の指揮権を委譲いじょうする」


「一ノ瀬、了解しました」


「まあ、いつも通り、行き当たりばったりだけど、出来る限りの事は頼むわよ」


「了解」


「行き当たりばったりって」


 会話を聞いていた隆輝は思わず呟く。


「この間、眞澄の話にあったように、現時点で確実にNMを探知する手段は視認の他ないのだから、結局は現場で判断するしかないわ」


「自衛隊より、NMの数18、種類はいずれも2メートル以下との事」


 香織の声とは別に職員の声が入り込む。


「3体多いじゃない。皆聞えた?」


「18体、了解しました」


「間もなく現場上空」


 やがてヘリが目的地で静止すると、4人はロープを伝ってビルの屋上に降下する。

 そして自衛隊から提供された情報を基に、NMの位置を確認する為、屋上から索敵を開始した。

 NMを探知する手段は、現時点で視認でしか手段がない事から、4人は些細な事も逃さぬように集中する。


「よし、数体のNMを確認」


 そう声を上げたのは晋一だが、すぐに他の3人も晉一に近付き確認する。


「こちらでも確認したわ」


 突然の香織の声に隆輝を驚きを隠せず、思わず身体をビクつかせた。


「あの半径1km以内に奴等はいるわよ」


「分かるんですか?」


「我々にはNMが及ばない場所から見る事が出来るからね」


 隆輝はその言葉の意味が分からず、思わずアイリを見る。


「人工衛星からだよ」


「人工衛星?」


「NMに対抗する為、情報収集衛星の能力も格段に上がったから」


「とは言え、こちらも情報をもらってから、その場所にカメラ向けて、その後映像の分析や確認をしなければいけないから、後手後手なのは変わらないのよね」


 香織は自嘲気味にそう言うが、はるか上空からそれほどの事が出来る事に、隆輝は単純に感心していた。


「じゃあ、そろそろ行きましょう」


 アイリの言葉に、他の3人は力強く頷いた。

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