第20話

 数日が経過して、訓練はより実践的なものにシフトされていたが、隆輝も晶も積極的に自主トレを積んでいる事から、香織や眞澄が予想していたよりも順調にスケジュールをこなしていた。


「さて、今の所は順調過ぎると言って良い位、飛沢も桂木も良くやってるわね」


 その日の訓練終わり、香織はいつもの様に4人に訓練の評価を告げる。


「そして明日からは、いよいよ学校も始まるから、当然学生の本分も頑張って貰わないと」


 それを聞いた隆輝とアイリは思わず口元を緩ませるが、ただ一人、晉一だけは思わず眉をひそめていた。


「東城は不満そうね」


「そ、そんな事ないっす」


「後輩も出来るんだから、今までの様にサッカーだけ頑張ってれば、という訳にはいかないわよ」


「わ、分かってますって」


 晉一はあからさまに焦りながら頭を掻き、隆輝とアイリはその様子を見ながら笑いをこらえていた。


「まあ、桂木は一日遅れになるけど」


「せ、先輩方がいなくても大丈夫です」


 晶の言葉に、他のメンバーの表情が思わず緩む。


「じゃあ今日はここで切り上げて、明日の準備も抜かりないように」


 そう香織が告げたと同時に、突然警報音がけたたましく鳴り響く。

 それを初めて耳にする隆輝と晶は思わず辺りを見回すが、アイリと晋一、そして香織の緊張感に満ちた表情を見て、出撃するのだと察しがついた。


「全く、このタイミングで」

 

 香織は呆れた様に言い放ち、静かに息を吐くと4人に向き直る。


「総員直ちに出撃準備を!」


「はい!」


「飛沢と桂木は、とりあえず東城と一ノ瀬の指示を聞きながら準備を」


「はい!」


 返事と共にアイリと晋一はその場から急いで離れ、隆輝と晶も慌てて2人に続く。一旦それぞれの更衣室に分かれ、スーツに着替えた後、別の部屋で小銃・弾倉・短剣・閃光弾などの装備を身に着けていった。

 その部屋は装備品が管理されているだけあって、厳重に警備されており、隆輝達ですらスーツとヘルメットを着た状態でなければ部屋に入る事も出来ない様になっていた。

 隆輝と晉一は互いに装備品をチェックし、問題がない事を確認する。 


「よし、行くか」


「ああ」


 隆輝は晉一の後に続き、その部屋を後にしようとするが、そのタイミングでアイリと晶が部屋に入ってくる。


「遅かったな」


「女の子は準備に時間が掛かるものだよ」


 アイリの口調は、これから出撃とは思えないような程明るいもので、隆輝は違和感を覚えるものの、見るとアイリは晶と手を繋いでおり、その晶の身体は小刻みに震えている事から、アイリが晶の為に務めて明るくしているのだと理解する。


「じゃあ、俺達は先にヘリに行ってるぞ」


 晉一にもその様子は伝わったようで、隆輝と共に部屋を後にした。


 やがて隆輝は晉一に先導されヘリポートに到着するが、驚いたのは十分なスペースがあるとはいえ、ヘリポートも地下にある事であり。思わず上を見上げると、地上まではそれなりの距離があるが、何層もの扉が開いており、すでに夜空が見える状態であった。


「これ、どこなんだ」


「寮の南に駐車場があったろ」


「あの場所か」


 そこで隆輝は、なぜあの場所に広い駐車場があるのかを、ようやく理解した。


 後から来たアイリと晶がヘリに乗り込むと、視界に突如香織が現れる。

 実際には香織はヘリに乗っていない事もあり、目の前に現れた香織に対し隆輝は思わずのけ反るが、すぐにそれがヘルメットのバイザーに映し出された映像だと理解する。


「現在、情報収集中だけど、その間に何か質問はあるかしら、特に飛沢と桂木」


 隆輝と晶は顔を見合わせるが、晶は何も思い浮かばないらしく首を横に振り、それを見た隆輝は不意に何かを思いつく。


「直接関係ない事ですが」


「良いわよ。言ってみなさい」


「その、エンブレムの事ですが」


 隆輝はプロテクターに印されているエンブレムを見る。

 エンブレムには布を纏った女性が、光を照らしているような絵が描かれているが、同じ物は基地内やヘリなど至る所にも施されていた。


「えっと、何て言ったっけ、確か月の女神とか」


 香織は思い出せない様子で、しばらく唸っていた。


「セレーネです。ギリシャ神話の月の女神」


「そうそう、それ」


 アイリの言葉に、香織はほっと胸を撫で下ろす。


「その月の女神が、何でエンブレムに?」


「セレーネは、旅人が迷わない様に夜道を照らしたり、悪い企てを見透かす事ができるから、夜の安全を保つと伝えられているからかな」


「そうなのか、しかしアイリはそんな事まで知っているんだな」


「私も隆輝と同じ様に気になったから、調べただけだよ」


「月の女神ね」


 隆輝は改めてエンブレムを見るが、意味が分かると今までとは違って見えた。


「けど、セレーネで一番有名な話はエンデュミオンの話かな」


「どういった話なんだ?」


「えっとね」


 そこでアイリは何故か沈黙する。


「アイリ?」


「わ、忘れちゃった」


 その口調はアイリにしては珍しく不明瞭なものだが、問い詰めようにもアイリは既にそっぽを向いており、それ以上の事を聞ける雰囲気でもなかった。


「さて情報が入ってきたわ。場所は中央区銀座2丁目付近。NMの数は12から15程度、種別は現在調査中」


「了解」


 香織の情報に皆返事を返すが、同時にヘリが浮遊を開始する。


「なお、避難指示は出ているものの、逃げ遅れた人間がいる模様」


 その言葉に皆の表情は硬くなる。


「今一度確認するけど、私達の任務はいち早くNMを殲滅する事であり、人命救助ではないわ」


「了解」


 隆輝以外の3人が答えるのを見て、香織は小さく溜息を吐く。


「飛沢、あなたは人命救助の訓練を受けたのかしら?」


「いえ」


「だったら、それは我々以外のスペシャリストに任せなさい。我々が余計な事をすれば、それこそ彼らの邪魔にもなるわ」


「そうだぜ、俺たちが早くNMを倒せば、救われる命も多くなるって事だしな」


「そうだな、その通りだ」


 そう言って隆輝は、晉一の言葉に口もとを緩ませた。

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