第12話


 寮に戻った隆輝と香織は、朝食をとる為にそのまま食堂に向かうと、先に戻っていた晶を見つけるが、彼女は席に着いているものの、食事をしている様子はなかった。


「もしかして、待っていてくれたのか?」


「一応」


 素っ気無く答える晶であったが、その頬は若干赤くなっていた。


 3人で食事をとりながら、香織が今日の予定を伝達する。


 午前中は転入及び入学手続きで学校へ向かい、その時のタイミングで理事長にも会うらしいが、理事長自身は多忙なので、実際に会えるかどうかは分からないとも告げられる。


 そして午後は、ナイトガーディアンの活動とNMについての講習を受け、その後休憩を挟んで夜には訓練という流れだが、アイリと晋一の2人は午前中から昼過ぎまで部活に参加するらしく、夜の訓練までは別行動という話であった。


 朝食を終えた3人は寮を後にして校舎へ赴き、隆輝の転入及び、晶の入学手続きを行うが、それらはものの30分程度で終わり、2人は晴れて明月学園の生徒となる。


 隆輝と晶の2人は、香織に連れられ学園長室に向かい、そのドアをノックをする。


「どうぞ」


 中から聞こえて来たのは女性の声で、隆輝は晋一から理事長が男だという事を聞いていた為、思わず首を傾げる。


「どうかしたのですか?」


「いや」


「2人とも入るわよ」


 隆輝の態度を不思議に思った晶が声をかけるが、いつになく緊張した口調の香織に遮られた。


 そして香織がドアを開けると、そこには香織よりも大人の雰囲気を持つ女性がデスクに着いて1人で作業を行っており、香織はその女性を見るなり直立不動になり敬礼を行う。

 香織の表情は今までになく緊張感に溢れており、隆輝も晶もその人物が理事長と認識し思わず背筋を伸ばす。


「学園で、それはするなと、何度も言っているのだが」


 女性は溜息混じりに言い放つが、緊張している香織との対比も相まって、冷徹な感じすら覚えた。


「も、申し訳ありません、副司令」


 香織は慌てて敬礼している右手をおろす。


「学園では学園長だ」


「は、はい、学園長」


 女性は呆れた様に香織を見た後、続けて隆輝と晶を見つめるが、その鋭い眼光に隆輝も晶も緊張を覚える。


「飛沢隆輝に、桂木晶」


「はいっ!」


「私は宮部 綾みやべ あや、三田村先生の様子を見て気付いているかも知れないが、元は彼女の上官だ」


 その言葉に、隆輝と晶は思わず香織を見るが、香織は顔を強張らせたまま、直立不動を続けている事から、今でも上官と部下という関係が2人の間では根強く残っているのではないか思われた。


「いい加減、堅苦しい真似は止めろと、言っているのだが」


 隆輝は綾の言葉に違和感を覚えるが、それは普段の香織からは堅苦しさを感じる事がない為だと、すぐに気付く。

 その事から香織にとって、この綾という人物が苦手な人物か、もしくはよほど頭が上がらない人物かと推測出来た。


「まあ良い」


 そう言うと、綾はゆっくり息を吐いて目を閉じ、再び目を開いた時には幾分か表情が和らいでいた。


「現在、何の因果か、ここの学園長を務めている。生憎あいにくと理事長は急用で出掛けてしまってな、君達に会うのを楽しみにしていただけに残念そうだったよ」


 そこで綾の表情は、再び緊張感のあるものに変わり、その視線の先にいる隆輝と晶も思わず息を呑む。


「君達には期待しているが、我々の任務はそう甘いものではない事も忠告しておく」


「はい」


「ただ、同時に君達は学生でもある訳だから、戦いに明け暮れるだけの生活ではなく、この学園での生活も充実したものにして欲しい。つまりクサい事を言うが、年相応の青春は謳歌してほしい」


 綾は少し目を細め笑みを浮かべ、その表情から最初に感じた様な冷たい印象は感じられなかった。


「随分と勝手な事を言っていると思うだろうがね」


「い、いえ、頑張ります」


「いい返事だ」


 隆輝の返事に、綾は更にその表情を柔らかくした。


 その後、理事長室を後にした3人は、一様に言い知れぬ疲労感に包まれていた。


「学園長って、どういう人なんですか?」


 隆輝は学園長室から離れた事を見計らって口を開く。


「怖い人。違った、とても怖い人」


「なんですか、それ」


 香織の答えに、晶は呆れた様な表情を見せる。


「理事長は過去に鬼と呼ばれていた位の人で、それは敵であるNMや、自分よりも上、もしくは同列の人間には非常に厳しかったからついた呼び名で、むしろ私達部下には甘い位優しい人だったんだけど」


 香織は大きく溜息を吐く。


「その代わりに宮部副指令の、部下への締め付けが厳しかったのよ。とは言っても副指令の厳しさには理不尽な事は微塵もなかったから。皆それが自分達の為だと分かっていたけどね」


 香織はそう言いながら小さく笑う。


「それに、公私にわたって色々助けてもらったのも確かだし、おかげで今でも頭が上がらないのは確かよ」


「それって、何か良いですね」


 隆輝の言葉に、香織の笑みは照れ笑いに変わる。


「まあ、結局生き残ったのは3人だけだから、尚更」


 そこまで言って香織は口をつぐむ。


「えっと、今の無しね」


 香織はことさら笑顔を見せるが、隆輝も晶もそれ以上は何も言えなかった。

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