第13話
3人は寮に戻り昼食を終えると休憩を挟み、午後は寮の2階にあるミーティングルームに集まった。
「じゃあ、これからナイトガーディアンの活動について、そしてNMについての講義を始めるけど、まずは2人には先にこれを見てもらうわ」
香織は手にしたディスクを2人に見せると、それをプレイヤーに挿入し再生操作を行う。
その映像は、夜の東京上空を飛ぶヘリの中から始まった。
「間もなく目的地上空、一ノ瀬、東城の2名は降下準備を」
「一ノ瀬了解」
「東城了解」
アイリと晋一の声がする中、映像は見るからに特殊な、黒いフルフェイスのヘルメットを被り、同じく黒いプロテクターを装着した黒いボディスーツという、全身黒づくめの人物を捉えており、それがアイリか晋一だという事は推測出来た。
「最終確認、対象NMは5体、準大型1体に1メートル以下4体」
「了解」
「幸運を祈る」
「ありがとうございます」
「降下ポイントに到達」
カメラはヘリ内から夜の街を見下ろすアングルに変わるが、そこでこの映像が固定カメラのものではなく、アイリか晋一の視点映像だと理解する。
その時、一瞬映像がぶれたと思えば、ロープを使って素早く降下し、ビルの屋上に到着すると、すぐさま非常階段を見つけ降りていく。
その移動方法は階段を駆け下りるのではなく、階段を飛び降りながら踊り場のみに着地し、それを繰り返すことで時間を短縮していた。
そして地上に近づくと、突然手すりを乗り越え外に向かって飛び降りる。
あまりにも突然の事に、映像を見ていた隆輝と晶は思わず仰け反るが、無事に地面に着地した所で胸を撫で下ろす。
続いて、もう一人の人物が、小銃を手にしてこちらに駆け寄り親指を上げる姿が映し出され、その身体つきから晋一である事は明らかで、同時にこの映像はアイリの視点で撮られたものだという事も判明した。
「一ノ瀬、東城、降下問題なし。これより作戦開始します」
そう告げるアイリの声は流石に緊張感に満ちており、映像を見ている隆輝も思わず息を吞む。
アイリと晋一の2人は、建物の影に隠れながら慎重に移動していく。
それが何度か繰り返され、ある角から顔を出すと、そこには無残な状態の遺体が倒れていた。
映像はしばらく遺体を捉えているが、アイリのものと思われる呼吸音はかすかに乱れ、動揺の程をうかがわせる。
「アイリ」
晋一の声に、アイリは吸い込んだ息を一度止め、ゆっくりと吐き出した。
「だ、大丈夫。こちら一ノ瀬、被害者発見、残念ながら既に死亡しているものと思われます」
「了解、こちらも確認できているので、位置を警察に報告しておく」
再びアイリ達は動き出すが、その後も数体の遺体を見つけるなど、そこが死と隣り合わせの場所だという事は、モニター越しに伝わってくる。
その時、叫び声が聞こえ、見ている隆輝と晶も思わず驚くが、アイリ達が目にしたのは、大型犬ほどの大きさをした2体のNMが、1人の男性に襲い掛かっており、その男性もすでに全身血まみれの状態であった。
それを見ていた晶は思わず画面から顔をそむけるが、すぐ思い直したように画面に目を向ける。
緊迫した雰囲気の中、むしろアイリ達は冷静そのもので、まず晋一がNM目掛け何かを投げると、途端にその場は眩い光に包まれる。
そこで映像自体は真っ白な状態になるが、アイリ達の視界は保たれているらしく、カメラの状態が戻った頃には、すでに2体のNMは地面に倒れていた。
その時手にしていたのは短剣である事から、接近と同時にNMを仕留めた事が想像出来た。
「被害者1名、生存確認も傷の状態から早急に治療が必要と思われます」
「了解、直ちに連絡をする」
2人はパニックを起こしている被害者を何とか落ち着かせると、再び小銃を手にして進むが、その約1分後、不意に映像に何かが映りこむ。
最初に見えたのは何らかの柱に見えたが、それは明らかに移動しており、アイリが見上げる事で、それがようやく巨大なNMだという事が分かった。
「準大型発見、同時に残りの1メートル級2体も発見しました」
「了解、速やかに殲滅せよ」
「了解」
「さてと、どうするアイリ?」
「私がビルの上に移動して準大型を狙うから、晋一は援護を」
「了解」
アイリは近くのビルの非常階段を見つけると、駆け出してそのまま2階部分の踊り場に飛び移った。
映像の中のアイリは階段を昇っていくが、先程の降りる時の様に、踊り場にのみ着地するという方法で、その速度は通常の移動速度を遥かに超え、1分もしない内にビルの屋上に到達する。
「屋上に移動完了」
「準大型は確認出来るか?」
「こちらからは2メートル下方という所、気付かれた様子もないわ」
「行くか?」
「そうね、閃光弾使用後、一気に決めましょ」
「俺は1メートル以下級を片付ける」
「了解、5秒前」
アイリはそのままカウントダウンを続ける。
「0!」
次の瞬間、映像は再び真っ白になるが、今度は同時に銃声が響き渡る。
「1メートル級2体殲滅」
その晋一の声の後に聞えてきたのは、何かがぶつかるような衝撃音であった。
「ダメ、火力が足りない」
映像が回復すると、アイリはその場から逃げているらしく、激しく景色が動いていた。
更にNMがアイリのいるビルに向かって攻撃を行っており、衝撃音と同時に映像が乱れる。
「どうする?」
「ハンドグレネードを使うわ」
「了解、援護する」
遠くで銃声が起こるとアイリへの攻撃は止み、アイリはゆっくりと屋上のへりに移動してそこから様子を窺う。
そこから小銃を持つ晋一に向かってNMが移動している事を確認するが、アイリに対しての警戒は無くなっており、NMは完全にアイリには背を向けている状態であった。
アイリは腰から筒状の物を手に取るが、しばらくそれを眺めている。
「どうしたアイリ、何か問題でも?」
「私ってコントロール悪いから、上手く行くかなって」
「そう言えばそうだったな。じゃあ、どうするんだ?」
「こうするしかないよね」
アイリはそう言うと、その場から後退し深呼吸を始める。
そしてそれを終えると、ものすごい勢いで駆け出し、屋上のへりを蹴ってジャンプした。
NMとの距離は10メートルは優に離れていたが、その距離は徐々に縮んでいき、手が届きそうな距離になったところで、アイリが手にした筒状の物の一部を、親指で押し込むと赤いランプが点滅を始める。
そのままそれをNMの頭に載せ、自らはNMの頭を蹴って後方に宙返りをしながらその場から離脱した。
NMはそれに気付きアイリを見るも、アイリが地面に着地すると同時に爆音が鳴り響き、途端にNMは爆炎に包まれる。
同時に衝撃で周囲のビルの窓ガラスが一斉に割れ、辺りにはNMの肉片とガラスがが降り注いだ。
やがて煙が晴れると、頭部のない巨大な生物の身体が視界に入ってくるが、やがてそれは力なく崩れ落ちた。
「こちら一ノ瀬、任務完了しました」
「お疲れ様、直ちにヘリを向かわせるわ」
その後、晋一がアイリに近付いて親指を上げたところで映像は終了した。
「あの、すいません」
そう声を上げた晶に、隆輝の視線も向かうが、その顔色は蒼白で辛そうな表情をしていた。
「いいわよ。行ってらっしゃい」
香織は理解した様に告げると、晶はそのまま慌てるように部屋を出て行った。
「まあ、最後まで我慢したのは評価してあげないとね」
その口調は自分に言い聞かせているような口調で、香織には晶を心配するような素振りは見られなかった。
「飛沢は大丈夫?」
「まあ、なんとか」
「あなたは大丈夫なの? そのNMとか死体とか」
「大丈夫ではないですけど」
その時晶が戻ってくるが、表情は疲れきっているものの、顔色は幾分回復していた。
「申し訳ありません」
晶は深々と頭を下げる。
「いいのよ。じゃあ続きを、えっと、そうそう今の見てどう感じたかしら?」
香織は隆輝を見る。
「正直、ここまでの物とは思いませんでした」
「桂木は?」
「考えが甘かったかも知れません」
香織は静かに息を吐くと、厳しい表情で2人を見る。
「じゃあ2人に最終確認。もし自分には無理だと思ったら、この部屋から出なさい」
香織の言葉に、2人の身体に力が入る。
「学園に通う事も出来るけど、この寮に住む事は出来なくなるわね。もちろん転校も認めるわよ」
隆輝は隣にいる晶に視線だけに向けると、机の下にある彼女の手は震えていた。
「だ、大丈夫です」
隆輝の心配をよそに、そう声を上げたのは晶であった。
「飛沢は?」
「問題ありません」
その言葉を聞いた香織は優しく微笑んだ。
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