第4話

 翌朝、食卓に着いた隆輝はテレビを眺めていたが、その手には香織からもらった名刺があった。


 テレビではニュース番組が流れていたが、半ば時計代わりに見ている隆輝は大して内容に興味を持たず、手にした名刺を手慰てなぐさみの様にしきりに動かしている。


 しかし東京でNMが出現した事が隆輝の耳に入ってくると、途端にその手の動き止まり、その眼もしっかりと画面を捉えていた。


 画面には死傷者の数など被害状況が映し出されており、険しい表情をした隆輝は無意識の内に手にした名刺を握り折ってしまう。


 そのニュースの終わり際、キャスターは新たな対NM部隊が投入されNMを排除した事を淡々と告げると、次のニュース原稿に目を通していった。


「新たな部隊?」


 気になった隆輝はチャンネルを変え、他のニュース番組を確認するも、部隊の事はいずれも簡単に報じられるだけで、部隊の詳細を伝える番組はなかった。


 現在のところ対NM用の組織は自衛隊に対NM戦闘師団があり、警察にも緊急的にNMから民間人を守る為の機動部隊を持っているが、それらは動きがあれば大体的に報じられる事が常である。


 そうする事で国は対NM戦闘の必要性を国民に示し、国民もそれに期待し支持するという一種のプロパガンダが成立しており、それは高校生の隆輝ですら理解している事であった。


 それだけに突然現れた新部隊の扱いに隆輝はしばらく考え込むが、ふと思い出したように手の中で折れてしまった名刺を広げると、そこにある連絡先の電話番号を携帯に入力する。


「兄ちゃんは、相変わらずNMの事になると、顔が怖くなるね」


 食卓に現れた美月の声に、驚いた隆輝は思わず携帯を身体から遠ざけた。


「そ、そうか?」


 朝食当番である美月は、それ以降は隆輝の様子を気にする事なく、無言で朝食をテーブルに並べ、そして終わるとエプロンを外し隆輝の向かいに座る。


「いただきます」


 食事中、現在2月下旬にも関わらず、天気予報によると今日の最高気温は4月上旬並みの陽気になるとかで、2人は服装の事を気にしたり、学校生活での些細な事を話す程度で、NMの事など何一つ話題にあがる事はなかった。


 そして朝食を終えた隆輝は食器を片付けると、早々に身支度を整える。


「じゃあ、先行くな」


「もう行くの? 早くない?」


「学校行く前に、隣に寄るからな」


 そう言って隆輝が自宅を出ると、同じタイミングで快活そうなシュートヘアの女子が隣家から出てくるが、隆輝を見ると満面の笑顔を見せる。


「あれ、早いね」


 彼女は昨晩、美月との話に出てきた志野倉しのくら朝海あさみであり、隆輝とは幼馴染かつ現在は同級生という腐れ縁であった。


 彼女は剣道道場の娘ではあるが高校でも剣道部に属しており、いつも朝練に参加する為に隆輝より早い時間に家を出ている。


「ああ、ちょっと、おじさんに話があって」


「お父さんに?」


「ああ」


「付き合おうか?」


「いや、朝練あるんだろ? それに学校遅れるだろうから、道連れにする訳にはいかないだろ」


「放課後じゃ駄目なの?」


「放課後はバイトで遅くなるから、無理だろ」


「急いでいるの?」


 矢継やつばやに聞いてくる朝海は、その特徴的な大きな瞳をしきりに動かし、どこか落ち着かないように見える。


「まあ、そうだな」


 敢えて隆輝は落ち着いた様子で答えると、朝海は一瞬残念そうな表情を見せるが、先程閉めた自宅のドアを開け、家の中にいる父親に向かって隆輝が話があるという旨を伝えた。


「じゃあ、先生には言っておくから」


「悪いな」


 朝海が名残惜しそうにその場を去ると、替わって隆輝は彼女の家に入っていった。


 志野倉家での話は一時間ほどで終わったが、その場で隆輝は朝海の父親に包み隠さず香織からの話を伝え、自らもその道に進む事を告げる。


 結論は隆輝の意思を尊重するというものであったが、朝海の父は隆輝の父を引き合いに出し「あれも一度決めたら梃子てこでも動かない人間だったからな。隆輝君も気の済むようにすればいい」と最後に笑いながら言われた事で隆輝の心も軽くなる。


 同時に母や妹達の事も心配は要らないと言ってくれた事が、隆輝の背中を押す事となった。


 その後、志野倉家を後にして学校に向かう隆輝は、自宅に戻りバイクに跨る。


 これから向かっても遅刻は確定だが、朝海が担任に連絡をしてくれている事だろうから、大して慌てる事もなかった。


 そこで香織の名刺を思い出し、そのまま書いてある番号に連絡を試みると、意外にもワンコールで通話状態に変わった。


「はい、三田村です」


「おはようございます飛沢ですが、今大丈夫ですか?」


「おはよう、この時間は授業無いから大丈夫よ」


「昨日のお話しですが、受けようと思います」


「随分と早い決断ね。こちらとしてはありがたいけど、本当に良いの?」


「俺はNMと戦いたい。だから選択肢は1つしかありません」


 隆輝の言葉に、香織は押し黙る。


 それは僅かに隆輝を不安にさせる行為であったが、隆輝は今一度頭の中で自分の言葉を復唱した。


「分かった。あなたの意思を尊重するわ」


 香織の声は優しげなもので、その様子に隆輝も思わずほっとした様子で息を吐く。


「ありがとうございます」


「礼なら、むしろこっちがしなければいけないわ。とりあえず、これからよろしくね」


「はい、こちらこそ」


「じゃあ、諸々の手続きを進めるけど、今の内に聞いておきたい事はある?」


「一つ聞きたい事があるのですが」


「何かしら」


「今朝のニュースになっていた対NM部隊というのは、何か関係あるのですか?」


「勘が良いわね。そうよ、それが私達のもう1つの顔よ」


「でも、どうして今までみたいに大体的に報道されないのですか?」


「現時点で詳しくは言えないけど、私達の組織は、色々と隠しておくべき事が多くてね」


「すいません。余計な事を聞いて」


「まあ、あくまでも現時点では言えないだけだから、あなたが正式にウチに来れば、しっかり教えてあげるわ」


「お願いします」


「でも1つだけ教えておいてあげるわ」


「何ですか?」


「私達の部隊の名前」


 香織は無意識の内か、はたまた故意かは分からないが、そこで言葉を止めた為、隆輝も思わず息をのむ。


「ナイトガーディアン。夜を守護する者と言ったところかしら」

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