第3話
自宅に戻った隆輝は真っ先に仏壇に向かうと、
今から8年前の冬、雪が降る事すら珍しいこの地域に、その日は数十年ぶりとも言われる大雪に見舞われた影響で混乱が生じ、交通機関も各所で通行規制や通行止めなど行われていた。
そんな中、校外学習に参加していた小学生達を乗せたバスが故障し、山間部の道で立ち往生してしまう。
代替のバスも日没に間に合わないという状況に陥り、更に運悪く夜になってNMの襲撃に遭ってしまった。
警察官であった隆輝の父親は、その現場に真っ先に駆けつける事が出来たものの、大雪の影響から他の応援がすぐには望めない事となり、バスの乗客を守るべく同僚と2人でNMに立ち向かい、苦戦しながらそれを倒す事は出来たものの、その時に負った傷が致命傷となり帰らぬ人となってしまう。
隆輝はその日の事を今でも鮮明に覚えており、思い出す度に胸が締め付けられる思いがしていた。
その後もNMの襲撃によって被害者が出る事を理不尽に感じ、隆輝はNMに対する怒りと憎しみから敵対心を抱き、いつかNMと戦える職業に就きたいと思い、将来の進路として、父親と同じ警察官か対NM戦闘師団を持つ自衛隊員を目指している。
それは決して簡単な道ではない事は隆輝も理解しており、勉強を疎かにする事もなく、元々父親に連れられて始めた剣道も、父親が亡くなってからは、将来それらの職に就くのに有利だと聞いて一層励むようになり、その甲斐あって中学生の時に全国大会で3位になるほどまでに上達した。
しかし高校に入学した後に母親が倒れると、家計を支える為アルバイトを始め、必然的に剣道との距離を置かざる得なくなり、あとは学力だけは落とさないようにするのが精一杯という現状である。
NMと戦いたい一心で、苦労を苦労と思わず努力はしているものの、同時に希望通りの進路に進めたとしても、NMと戦うという目標の実現までには、更にまだ数年を要する事から焦る気持ちも生じており、それだけに香織の話は隆輝にとってまたとない好機であった。
「兄ちゃん?」
隆輝がその声に気が付くと、いつの間にか妹の
「美月か、どうした?」
「なかなか仏間から出てこないから」
そう言われて隆輝は時計を確認すると、いつもより長い時間考え込んでいたのだと気付いた。
「兄ちゃん、何か怖い顔してたよ」
「そ、そうか?」
そう言いながら、隆輝は慌てて笑顔を作る。
「何かあったの?」
「そうだな」
隆輝はどこまで話して良いのか考えるが、流石にNMと戦う事は隠しておくべきだと思い、頭の中で話をまとめると改めて美月を見た。
「もし兄ちゃんが、遠くの学校に行っても大丈夫か?」
「えっ」
美月は驚いた表情を見せつつも、しばらく考え込む。
「どうして、他の学校に?」
「スカウトされたんだよ」
「スカウトって、剣道の?」
「ああ」
「そっか」
美月は安心した様に息を吐くと、満面の笑みを見せる。
「それに、そこだと奨学金が出るから、学費や生活費の問題もないし、バイトも出来るみたいだから、母さんの治療費も問題ないってさ」
その言葉に美月は、何故か怪訝な表情を見せる。
「それって怪しくない? 大丈夫なの?」
「信用は出来ると思う。その学校は昨年開校したばかりだから、実績が欲しいとも言っていたし」
「そうなんだ」
美月は、そこで今一度考える素振りを見せる。
「どうだ?」
「私は賛成だよ。兄ちゃん、家の事ばかりで自分の事何も出来ていないし、剣道も出来るんなら絶対行った方が良いよ」
「でも、美月が1人になってしまうのがな」
「私だって、今度中3になるんだから大丈夫だよ」
「そうは言ってもなあ、女の子1人と言うのは」
「
朝海というのは、隣に住む隆輝の同級生である
志野倉家は代々剣道の道場をやっている事で、その志野倉道場に飛沢家は隆輝の父親の代から通っていた事もあるが、やはり家が隣という事で現在に至るまで家族ぐるみの付き合いが続いている。
同時に志野倉家は、現在の飛沢家の状況を気に掛けてくれているありがたい存在で、朝海も何かと隆輝と美月の世話を焼きたがる所があった。
隆輝はその事を思い出し、思わず口をへの字にするが、すぐに息を吐いて表情を引き締める。
「まあ、̪志野倉さんには面倒かけっぱなしだけど、今回もお願いするしかないか」
そう言うと、隆輝は力強く頷き美月を見る。
「明日にでも話してみるよ」
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