第2話
バイトを終えた隆輝は、家に向かってバイクを走らせていた。
主要な道路と、それに繋がる生活道路には高輝度の照明が一定の間隔で設置され、昼間のような明るさを保っている。
ただ時折大きな虫が光を浴びて酩酊し、道路に落ちては車に轢かれていくような光景も見られた。
隆輝自身も、たまにバイクのライトに飛び込んでくる虫を慣れた様子で避けながら走っている。
やがて自宅前に到着すると、そこには先ほど伯父の店の前で見かけた車が停車していたが、隆輝は薄々とその事は予想していたようで、何の警戒もせず助手席に近付くと、ドアのロックが外れる音がして迷わずそのドアを開けた。
「乗って」
運転席に座っている香織がそう言うと、隆輝は言われるがまま助手席に座った。
「やっぱり、気になるわよね」
「まだ話せてない事があるんですよね」
「そうね、流石にあの場で話す訳にはいかなかったから」
「剣道だけで、あの話は流石に」
「勘が良いわね。でも多少は剣道の腕を買っているのも事実よ」
「多少ですか」
隆輝は香織の正直な態度に笑みがこぼれるが、すぐに真剣な表情に戻る。
「それで俺に何を?」
「
その言葉を聞いた隆輝の表情は途端に険しくなる。
「夜行性の脅威という言葉の通り、夜のみに現れる人類の敵。知っての通り通称で
NMとは、今から17年前に突如現れた生物の総称である。
その名前が表すように、日没以降の夜間に突如出現し、日の出に近付くにつれ姿を消していくという特徴を持つ。
そしてNMの食性は肉食だが、捕食者であるNMにとっては、人間やその家畜はもっとも容易に捕食できる獲物であり、その被害は年々増加していた。
「隆輝君、あなたNMと戦う気はないかしら?」
「戦う?」
隆輝は険しい表情のまま香織を見る。
「そんな事が、出来るんですか?」
「ええ、現時点では詳しい事は話せないけど、私達は奴等に対抗出来る力を手に入れているわ」
香織の言葉に隆輝は驚いた表情を見せるが、それも一瞬の事で、隆輝の表情はすぐに怪訝なものに変わる。
「でも何故、それが俺なんですか?」
「あなたが適合者だからよ」
「適合者?」
「奴等と戦う力を持てる。といった所かしらね」
その言葉を聞いた隆輝は、腕を組み考え込む。
「実の事を言えば、奴等と戦う事であなたにはそれなりの報酬が支払われるのよ。それを含めたものが、さっき話した奨学生としてという訳」
「そういう事ですか」
「失礼な話だけど、お父さんの遺族年金も年々縮小されているのでしょ」
「それは、確かにですが」
隆輝の父親は警察官であったが、職務中にNMによって殉職しており、遺族である隆輝達家族には、その生活を保障する為に年金が支払われているが、NMによる殉職者の数は増える一方で、その財源を維持することが年々厳しくなっていた。
「改めて言うけど、お金の面で何も心配する事はないわよ」
「分かりました。その点は信用します」
隆輝は思わず口元を緩ませる。
「でも、分かっているとは思うけど、戦うという事は当然命を落とす可能性もあるという事よ」
「そうですよね」
隆輝はそう返すものの、その表情からは恐れは感じ取れず、香織は違和感を覚える。
「も、もちろん、これは強制では無いし、焦って答えを出す必要もないわ」
「そうですね、一応母とも話します」
「あ、言い忘れていたけど、お母さんには伝えてあるわ」
驚いた隆輝だが、すぐに香織に向き直る。
「母は、なんて?」
「あなたの意思を尊重するそうよ」
「そうですか」
隆輝はそう答えると再び腕を組み考える素振りを見せるが、その表情はどこか悪戯を楽しむ子供の様にも見え、先ほどまでの大人びた様子が消えた事に、香織は不安を覚える。
「とりあえず、さっき渡した名刺に連絡先があるから、決まったら連絡して」
「分かりました」
「急がなくていいから、しっかり考えてね」
香織は隆輝が深く考えないまま即決する事を恐れ、話を一旦打ち切ることにした。
そして隆輝が車を降り頭を下げると、香織は手を上げて応え、そのまま車を発進させるが、香織がバックミラーで確認すると、隆輝はその姿が見えなくなるまで、頭を下げたまであった。
しばらくすると香織の携帯が鳴りだし、香織は運転しながらハンズフリーの状態で応答する。
「三田村です」
「首尾はどうだね?」
年配の男の声が聞こえると、香織は少しだけ表情を緩める。
「本人、そして母親とも話が出来ましたが、答えは出ておりません」
「そうか」
「ただ、飛沢隆輝という少年は、危険かも知れませんよ」
香織の言葉に男は何も答えず、小さく息を吐いた。
「彼は、NMに対して、強い感情を持っている様に思えました」
「父親を殺された恨み。というところかな」
「恐らく」
「だが、彼がNMと戦いたいと願うなら、我々には断る理由も、それどころか断る余裕すらない」
淡々とした男の言葉に、香織の表情は曇る。
「酷い事を言っているのは自覚しているが、彼の様な優秀な人材を得られれば、この先の見通しは明るいものになる」
「1ついいですか? 司令」
「何かね」
「これで良いのでしょうか? まだ高校生の彼らを、戦いに駆り出して」
「非人道的ではあるな」
男はそう言うと、自嘲気味に鼻で笑う。
「我々が不甲斐ないばかりに、君やその下の世代にまで迷惑をかけてしまっている事は自覚している」
「いえ、そんな事は」
「この場合、軽々しく責任を取るという言葉は適切とは思えない。むしろ我々を恨み、憎んでくれればいい」
男の口調は静かなものだが、その重みは香織にはしっかり伝わっており、それだけに簡単に応じられる言葉がなく、口を開くのも
「その上で、いかに彼らに年相応の少年少女として生きてもらうか、その事に関しては全力でサポートしていくつもりだ」
「私も、そのつもりです」
「彼らを決して、戦いだけの人生を送らせないようにな」
男の名は
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