第39話

 翌朝、登校時に隆輝は剣道道具一式を持って登校するが、一緒に登校している晶は晶で練習用の槍を手にしている。

 その槍は晶自身の身長を優に超えており、ただ担いでいるだけにも関わらず異様な迫力を示している。


「それ、家から送ってもらったのか?」


「え?」


 隆輝の問いかけに晶は驚きを見せるが、その反応に隆輝も思わず驚いてしまう。


「いや、最初に会った時、それは見なかったから」


 隆輝は晶と最初に会って、彼女の荷物を実際に運んだが、その時にこのような物があれば覚えているはずと、確信を持ちつつそう言うと、晶にしては珍しく視線をあらぬ方に向ける。


「そ、そうですね。これは貯めていたお小遣いで買いました。その、調度新しいのが欲しかったので」


 晶はそう言うものの、どこか歯切れの悪さを感じさせる。


「そうか」


 隆輝は気になりつつも、深く追求するべきではないと思い、そう答えるに留まった。


 その日の昼休み、学食に移動する前にトイレに寄った隆輝はそこで晋一と会い、互いに気が付いた2人は並んで用を足す事になる。


「クラスが違うと、なかなか学校では会わないもんだな」


「確かにそうだな」


「でも、隆輝もすでに友達がいるみたいだから、心配する事はないか」


 その言葉だけでも、隆輝は晋一が自分の事を気にかけてくれている事を感じ、少々照れ臭くなる。


「まあな」


 2人は手洗い場に移動して手を洗い、鏡で髪型など身だしなみのチェックをする。


「そう言えば、学食で晋一を見かけた事が無いけど、昼はどうしているんだ?」


「ああ、俺は友達に付き合って、購買で買って部室で食ってる」


「部室で? 何かあるのか?」


「単に食い終わったら、サッカーするだけだって」


「サッカー部がサッカーって、遊びとは言えハンデいるだろ」


「そうだな、だから俺はゴールキーパー専門だ」


「なるほどな」


 隆輝は晋一の言葉に納得しつつ、トイレを後にすると晋一と別れ学食に向かった。


 学食では既にアイリと愛美、そして功二が席を確保しており、隆輝は空いている席に着く。


「随分遅かったな。そんなに」


「功二、もし間違っても、食事中に相応ふさわしくない様な事を言うのなら、その目をフォークで突くわよ」


 愛美の言葉に、功二は慌てて口を硬く閉ざした。


「ああ、晋一に会って、少し話してた」


「そうなんだ。あっ!」


 アイリはそう声を上げると、突然立ち上がり右手を上げる。他の3人も思わずアイリの視線を追うと、トレイを持った晶の姿があった。


 晶はアイリに気付いたものの、愛美や功二の存在に躊躇ちゅうちょしているように見えたが、愛美がおもむろに立ち上がり晶に近付くと、背後に回って肩を押すような素振りを見せてこちらに連れて来る。


「どうぞどうぞ」


 愛美は晶に自分とアイリの間の席に座る様に促すと、晶は一瞬躊躇する様な表情を見せるが、結局は大人しくそれに従った。


「私、相楽愛美。よろしくね」


「か、桂木晶です。よろしくお願いします」


「晶ちゃんって、髪キレイだね。シャンプーとか何を使っているの?」


「えっと、良く分からないので適当に」


「そうなんだ」


 その後しばらくアイリも交えて女子トークが続いた為、隆輝と功二は蚊帳かやの外であったが、晶もそういう話しに慣れていないらしく、明らかに戸惑いを見せていた。

 愛美もそれに気付いたので間もなく女子トークは終了となり、途端にテーブルは気まずい空気に包まれる。


「空気読め、相楽」


 隆輝は容赦ない言葉を愛美に浴びせる。


「悪かったわよ。ごめんね晶ちゃん」


「い、いえ、そんな」


 晶はそう言うものの、緊張で身体に力が入ったままになっていた。


「ところで隆輝、晋一とは何を話したの?」


 晶と愛美の様子に構わず、そう質問してきたアイリに、隆輝は少し驚いたものの、この場の空気を換える為にもその問いに乗る事にする。


「いや、クラスが違うと会わないとか、晋一は昼休みサッカーしてるとか、そんな話だ」


「ああ、D組のサッカーって何気にギャラリー出るんだよな」


「それは凄いな」


 功二の言葉に、隆輝は素直に驚きを見せる。


「晋一は人気者だからね」


 アイリの言葉は、アイリ自身に他の4人の視線が集中する事となる。


「な、何?」


「いや、ここにも人気者がいるなって」


「わ、私は別に、そんなんじゃ」


 隆輝の指摘に、アイリは顔を真っ赤にして否定するが、功二や愛美の生暖かい視線から諦めたように溜息を吐いた。


「素晴らしいと思います」


 ただ一人、晶だけは真剣な眼差しでアイリを見ており、アイリは優しく微笑む。


「ありがと」


「いえ、私には絶対に無理な事なので」


「そんな事ないよ」


 その口調は優しいものであったが、予期せぬアイリの否定に、晶は驚いた表情を見せた。


「今の晶は確かに不器用なところがあるけど、とても素敵な子だもの。これから先が、どうなるかは分からないよ」


 その言葉に、晶は顔を真っ赤にしてうつむく。


「な、なあ、そろそろ食わないと、昼休みの時間なくなるぞ」


 功二は隣にいる隆輝に小声で囁く。


「それは、まずいな」


「ちょっと、そこの2人」


 隆輝と功二に向かって愛美の言葉が投げかけられるが、その言葉には明らかに怒気が含まれていた。


「折角の良い雰囲気に、水を差すような事は言わないの!」


 その後、愛美の説教は続き、結局、隆輝と功二の昼休みは更に短いものとなってしまったが、終わる頃には晶もその場に多少なりと馴染んだように思えた。

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