第40話

 放課後になり、隆輝は持って来た剣道道具一式を手に教室を出ようとすると、アイリに声を掛けられる。


「いよいよだね」


 事情を知っているアイリは、隆輝に満面の笑みを向ける。


「おう」


「今度見に行ってもいい?」


「ああ、来い来い」


「じゃあ、頑張ってね」


「アイリもな」


 そう言って隆輝は文字通り教室を飛び出すと、その様子を呆れた様に見ていた愛美がアイリに近づく。


「なに飛沢の奴、ずいぶんと張り切っていたようだけど」


「今日から剣道部が練習出来るんだよ」


「ああ、それで」


 愛美は少し考える素振りを見せ口を開く。


「これで少しは大人しくなってくれれば平和になるわね」


 その皮肉のこめられた言葉にアイリは苦笑いを見せた。


 隆輝は鍵を借りるべく職員室に行くと、すでに鍵は誰かが借りた後だった為、そのまま剣道場に向かう。


 その時は成美が鍵を借りたものだと思い込んでいたが、剣道場に到着すると扉は開かれており、長い髪を後ろに束ね、白い道着に紺の袴を履いた晶が道場の真ん中で正座をしていた。


 隆輝は声を掛けようと口を開けるが、彼女が黙想をしている事に気が付き、声を出さずに入口で一礼をすると静かに更衣室に向かった。


「先輩、来ていたんですか」


 着替えを終え、更衣室から出て来た隆輝に、晶は驚きの表情を見せる。


「ああ、集中していたから邪魔したら悪いと思ってな」


「お気遣いありがとうございます」


 その時、成美が入口から顔を覗かせる。


「あら、私が一番最後だったみたいね」


「お、おはようございます。あの」


 晶は明らかに緊張しながらも、成美に向けて深々と頭を下げる。


「ああ、桂木さんね。三田村先生から話は聞いてるから、遠慮しなくていいわよ」


「あ、ありがとうございます」


「まあ、今の人数じゃあ、どう考えても広すぎて格好がつかないよなあ」


 隆輝の言葉に、晶と成美も改めて道場の中を見回す。床には公式に試合が出来るように白線が引かれているが、それが二面ある為、同時に二試合行える状態で、しかも更衣室も男女それぞれの分が用意されているだけではなく、空調まで完備されていた。


「この学校って、本当にお金あるのね」


 成美の言葉に、他の生徒よりも内情を知っている隆輝と晶は思わず苦笑する。


「ああ、それで飛沢君、ちょっと相談なんだけど」


「ん?」


「三田村先生が、稽古はもちろんいいけど、新入生獲得の為のアイデアを2人で練りなさい。という事なのよ」


「やっぱりそうなるのか」


「せっかくの初日だけど、優先事項がね」


「だな。それに練習メニューとかも考えないといけないよな」


「そうよね」


 隆輝と成美は考え込むが、晶も2人の様子を見ながら、どうしたものかと考える。


「晶は気にせず、自分の稽古をやっててもいいぞ」


「でも」


「そうよ。桂木さんも楽しみにしていたんだし、私達に付き合う必要はないわよ」


 成美がそう言って優しく微笑むと、晶は頭を下げ2人から離れていった。


「じゃあ、一つ一つ片付けていきましょうか」


「だな。そうなると勧誘は後回しにして、練習メニュー決めようぜ」


 2人はお互いの経験から、メニューを決めていくが、2人ともブランクがある為、あくまで基礎的なものを重視し、初心者が入って来た時にも対応出来るようにする。

 その上で経験者用に応用の部分を足していく事で決定した。


「まあ、こんな感じかしらね」


 成美はノートに記入し終え、隆輝を見ると、隆輝はしっかり頷いた。


「じゃあ、次は勧誘ね」


「とりあえず見学自由という事にして」


 そこで隆輝は言葉を止めるが、成美も隆輝が何を考えたかは理解出来た。剣道場は後から造られたという事もあり、学園の敷地内とはいえ校舎からも離れ、他の運動部の活動区域よりも辺鄙な場所にある為、普通の生徒が目的もなく来るような場所ではなかった。


「ここに誘導するのも一苦労だな」


「とりあえず私の友達に頼でポスターを作ってもらっているから、少しは役立つとは思う」


「友達?」


「美術部に、こういうの得意な子がいるから」


「へえ」


「生徒会やっていると、色々とコネも使えるしね」


 そう言って成美は悪戯っぽく笑みを浮かべる。生徒会副会長という堅そうな肩書きの割りに、時折親しみやすさを感じる仕草に隆輝も思わず口元を緩める。


 結局、その後は大したアイデアも無く、2人とも残りの時間は稽古に励げむ中、晶は2人よりも先に稽古を終えると、2人に挨拶をして先に寮へ戻っていった。

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