第36話

 歓迎会という名の各委員会及び各クラブ活動の宣伝活動は午前中に終わり、昼休みに入るが、今日から学食は1年生も利用している為、昨日に比べ賑やかな状態であった。


 アイリと愛美のテーブルには、次々と1年生の女子がやって来て、ラクロス部の事を色々質問をしている。

 隆輝と功二も最初は同じテーブルにいたが、1年生女子の数は増える一方であった為、隆輝は女子に囲まれて満足気であった功二を強制的に連れて別のテーブルに移動した。その際アイリは申し訳なさそうな表情を向けるが、隆輝はそれには笑顔で応えた。


「しっかし、凄い人気だな。アイリちゃん年下受け良いのか?」


 功二の言葉に、隆輝はアイリと晶の関係を考え納得する。


「で、剣道部はどうよ?」


「まあ、俺はともかく、細川も後輩受け良さそうだから大丈夫だろ」


「成美ちゃんか、確かに同級生の俺らからしても、お姉さまって感じだわ」


「功二は、細川も知っているのか?」


「ああ、可愛い子と美人は大体記憶している」


 その言葉に隆輝はあからさまに呆れた表情を見せる。


「何だよ、良いだろ。青春じゃんか」


「で、その功二は、クラブに青春を見出せないという事か」


「まあ、エネルギーはいざという時の為にとっておかないとな」


 そう言った功二は、突如目を輝かして食堂の入り口に目を向ける。


「おい、見ろよ」


 そう言われて隆輝がその方向を見ると、晶がメニュー表の前で考え込んでいるところであるが、その表情は真剣そのものであった。


「来た、大和撫子」


 晶はメニュー表の前でしばらく立ち止まった後、券売機に向かうが、更に券売機の前でも少し迷う様な素振りを見せていた。

 やがて真剣な表情のままボタンを押し、出てきた食券を手に小走りで引き換えのカウンターに向かい、天ぷら蕎麦を受け取ると、調理のおばちゃんに深々と頭を下げていた。


「なんて礼儀正しいいんだ」


 そんな事にまで感心してみせる功二に、隆輝は内心イラっとしつつも、いつも寮で見る晶と変わらない事に、不思議と笑みがこぼれる。


 晶は空いているテーブルに移動するが、隆輝達に気付いている様子は無く、席に着くと手を合わせた後、少量の蕎麦を口に運ぶ。

 天ぷら蕎麦は晶にとって当たりだったらしく、口にした途端表情が緩むが、そこでようやく隆輝の視線に気付くと、苦々しい表情を見せながらも、その顔は少し赤らんでいた。


「こっち来るぞ」


 功二の言葉通り、晶は席を立つとトレイを手にこちらに向かって来る。


「功二、最初に言っておくが」


「なんだ」


「晶は警戒心が強い」


「そうなのか?」


「そして物静かな男が好みだ」


「つまり」


「好かれたかったら、挨拶以外は置物の様に黙っていろ」


「任せておけ」


 近くに来た晶は、不満気な表情を浮かべながら、隆輝を見下ろす。


「隣良いですか?」


「いいよ」


 晶は隆輝の隣に座ると、その様子に気付いたアイリとも目が合い頭を下げる。相変わらずアイリは他の1年生の相手をしていたが、晶にそっと微笑みかけた。


「こっちは友人の津村功二」


「よろしく」


「どうも」


 笑顔を向ける功二に対して、晶の表情は固いままであったが、すぐに隆輝に顔を向ける。


「気付いていたなら、声を掛けてくれても良いじゃないですか」


「悪い、ちょっと観察したかっただけだ」


「観察って」


 晶は憮然とした表情を見せつつ、溜息を吐く。


「口に合って良かったな」


「寮といい、学食といい、食事が美味しいのはありがたいです」


 そう言うと、晶は再び蕎麦に手をつける。


「全くだな」


「ところで、先程の歓迎会ですが」


「どうだった?」


「剣道部、と言うか先輩は、引かれてましたよ」


「マジで?」


「先輩の気合は凄かったですけど、何も知らない人間が見たら単に怖い人です」


「そうなるのか」


 隆輝は思わず天井を見上げると、その様子を見て晶は笑みをこぼす。


「でも晶が理解してくれたんなら、良しとするか」


 その言葉に晶の箸は一瞬止まるが、それ以上の反応は見せず再び蕎麦を口に運んだ。


「それで、歓迎会を終えて何か興味は湧いたのか?」


「そうですね」


 晶はそう言うと、少し考える素振りを見せる。


「今の所は特に」


「じゃあ、剣道部は晶を待って」


「ご馳走様でした」


 隆輝のわざとらしい口調に、晶はその言葉を遮るようにそう言うと、呆れた表情を見せ、そのまま立ち上がる。


「お先に失礼します」


 晶はそう言うと、トレイを手にその場から去るが、それっきり振り返る事もなかった。


「よし、これで俺の好感度も上がったな」


 晶がいなくなるなり、功二は満面の駅を浮かべる。


「そうだな、1ポイント上昇だ」


「1ポイント? それって、上限は何ポイント?」


「1万ポイントだ」


「ちょっと待て、何だそりゃ。まさかお前騙したのか」


「人聞きの悪い事を言うなよ。晶はその位の難易度という事だ」


「マジか」


「そして彼女に対する正解は1ポイントだが、失敗すると5千ポイントマイナスとなる」


「それじゃあ、単純に2回失敗すると終わりじゃないかよ」


「この高難易度だ、諦めた方がお前の為だぞ」


 その言葉に功二はうなだれるが、すぐに何かを決したような表情を見せる。


「いや、俺は負けん」


「そうか、頑張れよ」


 隆輝はそう言うと、気合十分の功二を尻目にトレイを手に席を立った。


 午後、2年生は通常の授業に入るが、1年生は各委員の選出を行う為にホームルームとなった。


 そして放課後になると、各委員会の初会合があり、隆輝もクラス委員としてつかさと共にクラス委員会に参加する。

 クラス委員会は生徒会と合同で行う為、隆輝にとって他に見知った顔と言えば、生徒会副会長の成美しかいないと思っていたが、良く知った顔がその場にいたのは、正直意外であった。


「1ーB、桂木晶です。よろしくお願いします」


 相変わらず晶には笑顔こそ無かったが、その凛とした立ち振る舞いに、隆輝も思わず感心してしまう。


 主な議題は2週間後の生徒会選挙と、5月の初めに行われる林間学校、そして下旬に行われる体育祭に向けての準備であった。


 委員会は1時間程で終わり、隆輝は1人で廊下を歩いていた晶を見つけると、司に挨拶をして別れ、晶のもとに駆け寄る。


「まさか、晶がクラス委員とは思わなかったな」


 背後からの隆輝の声に、晶は特に驚いた様子も見せず、そのまま歩を進める。


「ウチのクラスは、なり手がいなかったですから」


「それで手を上げたのか?」


「先輩に出来るのなら、私でも大丈夫だと思いますし」


 晶はそう言って笑顔を見せる。冗談か本気かその本心は分からないものの、こういう場面で、晶が笑顔を見せる事自体が隆輝にとっては意外に思えて、思わず表情を緩ませたが、それを見た晶は思わず眉をひそめる結果となった。

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