第34話

「ところで、先輩はこれからどうするんです?」


「ああ、明日の為にちょっと自主練でもしておこうと思って」


「自主練? 明日、何かあるんですか?」


「新入生歓迎会で、簡単な稽古を見せようと思ってるんだが、しばらく道着すら着ていなかったからな」


「見学しても良いですか?」


「別に構わないけど、面白くはないぞ」


「大丈夫です」


 2人は一旦別れると、隆輝は自室で剣道道具一式を用意し、藍色の道着と袴に着替える。ふと明日は防具も使用する事になるので篭手と胴を装着すると、面を小脇に抱え竹刀を手に一階へ向かった。隆輝の格好を見た晶はあからさまに驚く。


「本格的ですね」


「明日は防具付けてやるから、少しでも慣れておかないとな」


「どこでやるんですか?」


「地下でも借りようかと思ったけど、床だと固すぎるし、マットだと柔らかすぎるから、外の芝生でやるかな」


 寮のそばには芝生が敷き詰められた場所があるが、隆輝はその場所が特に立ち入り禁止とされている訳でもない事は知っていたので、2人はそこに移動する。


「たまに、ここで昼寝したりしていたんだよな」


 隆輝はそう言いながら靴を脱ぐ。晶はスカートを気にしながらその場に腰を下ろした。


 最初、隆輝は足の運びや竹刀の降り方など、身体の使い方を確認するように、ゆっくり動作を繰り返すが、時間と共に素振りのスピードは上がり、竹刀で空気を切り裂くような音がしばらく続いた。


 そして1時間ほど素振りを終え面を取ると、隆輝は汗だくになり息も上がっていた。


「お疲れ様です」


 晶は隆輝にタオルとペットボトルを差し出すが、隆輝は熱中するあまり、晶が一度それらを取りに帰った事を見ておらず、思わず驚きの表情を見せる。


「ありがとう」


「今日は終わりですか?」


「そうだな、これ以上やると訓練にも影響でそうだし。それにしても」


 隆輝は上空を見上げ大きく息を吐く。


「本当になまってるな」


「しばらくって、どの位休んでいたんですか?」


「大体1年かな」


「どうしてやらなかったんですか? 先輩見ていると剣道は好きそうなのに」


「まあ、色々と重なってな」


 隆輝は話していいものかどうか迷ったが、仲間だからと事情を説明する。


 中学で好成績を収めた隆輝は、高校に入学しても剣道部に入部するが、同時期に母親が倒れ入院する事となる。

 母親の病状は一旦落ち着きはしたものの、仕事に出ることは叶わず、更に冬前より再入院となり現在に至っていた。

 隆輝は母親の代わりに、中学生の妹を含む家族3人の生活を守る為、当初学校を辞めて働こうとしたが、母親や伯父、そして志野倉家など周囲の説得もあり、それは避けられたものの、バイトをする必要に迫られた隆輝は剣道部を退部する事となっただけではなく、幼い頃に剣道の基礎を学び、その後も事あるごとに通っていた隣家の志野倉道場からも足が遠のく事になった。


「失礼な事を聞くかもですが」


「何だ?」


「先輩のお父さんって?」


「警察官だったけど、俺が8歳の時にNMに襲われた子供達を守って殺された」


 それを聞いた晶は驚くが、すぐに神妙な表情を見せる。


「私と同じなんですね」


「え?」


「と言っても、私の父はただ逃げ遅れて殺されただけですが」


「そうだったのか」


 隆輝は申し訳なさそうな表情を見せる。


「私が先に聞いた事ですし、先輩がそんな顔しなくても良いですよ」


「でもな」


「それに父が亡くなったのは、私が2つの時なので、覚えてはいませんし」


 晶は笑顔を見せるが、それはどこか白々しいものであった。


「この話はやめませんか?」


「そうだな」


 2人は話を終えると、そのまま寮に向かって歩き出す。その間会話はなかったが、不思議と気まずいと思う事はなかった。

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