第27話

 朝のショートホームルームは簡単な伝達だけで終了となり、皆は次の予定である始業式の為、すぐさま体育館に向かう事となる。


「隆輝」


 周囲が続々と教室を後にしている中、アイリは隆輝の元に駆け寄って来る。


「同じクラスだね。よろしく」


「こっちこそよろしく。それにしても嬉しそうだな」


「それはそうよ」


 その屈託のない笑顔に隆輝も嬉しくなる。


「それにしても」


 隆輝はアイリをまじまじと見る。するとアイリは少しだけ焦るような表情を見せた。


「何? 何かおかしい?」


「いや、アイリって目立っているなって」


「そんな事ないでしょ」


「いや、かなり目立っている」


「いやいや、私はいたって普通だから」


 そんなやり取りをしている最中、隆輝の視界に不機嫌そうにこちらを窺う女子が映る。

 その女子はアイリの後方にいる事から、当初アイリはその女子に気が付かなかったが、途中で隆輝の様子に気付き背後を振り返ると、アイリはその女子に駆け寄って彼女の手を引く。

 その綺麗な黒髪をポニーテールに束ね、少し気の強そうな顔立ちをした女子はアイリの行動に驚きながら、隆輝の前に連れられて来た。


「隆輝、彼女は相楽 愛美さがら まなみ。私の親友で同じラクロス部なの」


「ちょっとアイリ、私は別に」


「よろしく」


 反抗する様子を見せていた愛美は、隆輝の挨拶に困惑した表情を見せる。


「よろしく」


 愛美は笑顔どころか、釈然としない様な表情でそう返した。隆輝自身は初めて会う彼女が何故これほど不機嫌なのか、もちろん知るよしもなかった。


「じゃあ、体育館に行きましょう」


 アイリはそう言うと、いち早くその場から歩き出す。隆輝もそれに続こうとするが、急に愛美に袖口を引っ張られ、驚いて愛美を見ると、彼女は怪訝そうな表情を隆輝に向けていた。


「一つ警告しておくけど」


「警告?」


 愛美の物言いに、隆輝も思わず眉をひそめる。


「彼女に、ちょっかい出さないでよね」


「アイリに?」


「そうよ。彼女は誰に対しても優しいから、勘違いする男子が多いけど」


「なるほど、確かにそんな感じがするな」


「でしょ。だから、あんたも身の程をわきまえて」

 

「もしかして」


 愛美が続けようとした所に、隆輝は真剣な表情で愛美を見る。


「な、何?」


「アイリに気があるのか?」


 隆輝の言葉に、愛美の顔はたちまち赤くなる。


「ち、ちがっ、この馬鹿!」


 愛美の声は一際大きくなり、周囲の注目を集めてしまう。それに気が付いた愛美は途端に駆け出し、前を歩いていたアイリをも追い越していった。


「愛美?」


 驚きつつも愛美を見送るしかなかったアイリは、困惑した表情で隆輝を見る。


「隆輝、女の子いじめちゃダメだよ」


「いや、いじめてなんかない」


「本当に?」


「ああ」


 アイリもそれ以上は問い詰める事無く、隆輝と並んで体育館に向かった。


 始業式では学園長の綾の姿は当然あるものの、理事長は都合により欠席という旨が知らされ、隆輝は理事長がどういう人物なのか気になっていたが、目にする事は叶わなかった。


 式は何事もなく終わり、教室に戻った隆輝は自分の席に着くが、前の席の男子が席に着くなり隆輝に向き直る。

 その男子は髪型といい眉といい、しっかりスタイリングされたおり、それ以外のパーツにも手入れが行き届いている事から、まさに今どきの男子高校生という言葉が相応しかった。


「俺は津村 功二つむら こうじ。よろしく」


「俺は」


「ああ、覚えたよ。飛沢っていう苗字も、隆輝っていう名前もあまり聞かないからな」


 功二はそう言って笑みを浮かべるが、その人懐っこそうな笑顔に隆輝も自然と笑顔になる。


「それは、よく言われるな」


「じゃあ隆輝、お前に聞きたい事があるのだが」


 功二の表情は、途端に神妙なものに変わる。


「俺に答えられる事なら」


 その言葉に功二は隆輝へ顔を近付ける。その様子から周りには聞かれたくない事だと思い、隆輝も聞き耳を立てる。


「隆輝はアイリちゃんと、どういう関係なんだ?」


「アイリと?」


「随分、仲良さそうじゃねえか」


「ああ、そういう事か。単に同じ寮に住んでるだけだ」


 隆輝はナイトガーディアンに関する事を話す訳にもいかないので、それだけを答えるが、それを聞いた功二の驚きの表情にむしろは不安になる。


「何!」


 その声はクラス中に響き渡り、顔を近付けていた隆輝は思わず耳を塞いだだけではなく、功二の唾が顔にかかり顔をしかめる。


「あ、悪い」


 その事に気が付いた功二は、フェイシャルペーパーを取り出すと、急いで隆輝の顔を拭いた。


「それマジか?」


「マジだが」


 隆輝の言葉に功二は考え込むが、すぐに満面の笑みを隆輝に向ける。


「言っておくが、入寮者と寮関係者以外は、三田村先生の許可がないと入れんぞ」


 隆輝の言葉に、功二はその笑顔を引きつらせる。


「友達でも無理か?」


「お前と友達になれたのは嬉しいが、無理だ。諦めてくれ」


 功二は隆輝の机に突っ伏すが、同時に香織が教室に入って来た。


「ほら、皆席に着いて。津村、人様の机で寝るんじゃない」


 香織の言葉に、功二は力なく前を向いた。

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