第18話

 翌朝、晶は全身筋肉痛の身体を何とか動かし食堂に辿り着く。

 食堂はいつもより閑散としており、晶は他に誰もいないかと食堂内を見回していると、調理室からアイリが顔を覗かせた。


 日曜日と祝日は、寮の調理スタッフが休みとなっており、本来なら寮の住人は外食をするか出来合いの物を買って来るか、という選択肢となるのだが、元々アイリが料理好きという事もあり、入寮以来、彼女が朝食と夕食は人数分用意している。

 尚、寮の調理を取り仕切っている会社は、アイリの父親が経営している企業の傘下という事もあり、材料などの融通も効くとの事であった。


「おはよう晶ちゃん、身体は大丈夫?」


「おはようございます。何とか大丈夫ですが、起き上がるまで時間が掛かりました」


「私も最初はそうだったよ」


 そこに晋一が現れると、晶に向けて笑顔を向ける。


「おはよう、平気か?」


「おはようございます。何とか平気です」


「2人とも、今準備するから」


 そう言うと、アイリは調理場に向かい、しばらくすると2人分の食事を持って現れ、それをテーブルに並べていった。


「アイリ先輩は食べないのですか?」


 2人分の食事が並べられたものの、それは晶と晋一の前にだけで、その後もアイリが自分の分を用意する様子は見られず、晶は思わずアイリに声をかける。


「私は後で片付けもあるから、最後に食べるよ」


「そうだったな、でも隆輝なら当分無理だと思うぞ」


「隆輝はどうしたの?」


「さっき迎えに行ったら、身体が痛くて動けないとかで、休ませてくれってさ」


 3人は隆輝に昨日の訓練の影響が出ている事を理解し、思わず黙ってしまう。


「やっぱり、そんな事になってる訳ね」


 突然の香織の声に3人が振り返ると、香織と真澄が食堂入口に立っていた。


「となると、やるしかないわね」


 その言葉を残し、2人は2階へと続く階段へ向かっていくが、その行動を理解出来ない晶が、怪訝そうな表情を浮かべながらアイリを見る。


「えっと、今のはどういう?」


「まあ、隆輝のケア、かな」


「そ、そうだな」


 歯切れの悪い晋一とアイリに、晶は思わず首をかしげた。



「入るわよ」


 隆輝の部屋に到着した香織はそう言うと、隆輝の返事も待たず部屋に押し入る。


「あ、おはようございます」


 隆輝は2人の侵入に驚きつつも、目だけで2人を追って挨拶をした。


「おお、片付いているわね。感心感心」


 香織は笑顔で部屋を見回す。


「2人して、どうしたんですか?」


「いや、飛沢が動けないと聞いて」


「ああ、すいません」


「そりゃそうよね。人の忠告も聞かずに無理してたもの」


 香織の口調には責めるような雰囲気はなく、むしろ楽しげで、隆輝はその事に不安を覚える。


「すいません。今後気をつけます」


「良いのよ良いのよ、若い内は無茶しても」


「はあ、それで何を?」


「いや、動けないと不便だろうから、飛沢のケアをしに来たのよ」


「ケア?」


 その時、それまで会話に加わっていなかった真澄が、隆輝の視界に入って来る。


「じゃあ、始めましょうか」


 その言葉に香織と眞澄は掛け布団を剥ぎ取ると、隆輝の身体を上手く動かしながらベッドをビニールのシートで包み込む。

 何が起こっているのか理解しきれない隆輝は、そのままうつ伏せにさせられると、2人の手は隆輝のパジャマに伸びていく。


「ちょ、ちょっと、何を」


 抵抗する力もない隆輝は、パジャマを剥ぎ取られパンツ一枚の姿になるが、香織は容赦なくそれを剥ぎ取った。


「ま、待って」


 すぐさま隆輝の臀部にはタオルが掛けられるが、隆輝はあまりの事に耳まで赤くする。


「さあ、始めるわよ」


 眞澄の声がしたと同時に、背中にひんやりとしたものが塗られていく。その香りと眞澄の手の感触が心地よく、隆輝は思わず黙ってしまう。


「全身、炎症状態ね」


「え、えっと、これは一体?」


 隆輝は顔を突っ伏したまま、口元のスペースを作り声を出す。


「オイルマッサージよ。このオイルには消炎鎮痛効果もあるから、回復も早くなるわよ」


「そ、そうでしたか。何かすいません」


「何? 襲われると思った」


「い、いや、そんな事は」


「でも飛沢君って、いい身体しているわね」


 眞澄はそう言って隆輝の脇腹を撫ぜると、隆輝はそのくすぐったさに思わず笑いをこぼす。


「こらこら、仮にも教育者が生徒を誘惑するんじゃない」


 香織の言葉に眞澄は意味ありげな笑みを浮かべるが、隆輝にはそれは見えておらず、むしろその後の2人の沈黙に不安を覚える。


「冗談よ」


「あんたね」


 その後隆輝へのマッサージはしばらく続いたが、背面が終わると仰向けになったのは言うまでもなかった。

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