第17話

 隆輝と晶が一通りスーツとヘルメットの説明を受けた後、皆は香織に促されて移動するが、到着した部屋は隆輝や晶にとっては初めて足を踏み入れる部屋であった。

 そこは今まで演習で使っていた部屋よりは狭いものの、天井に位置は比べ物にならないほど高く、その天井からは何本ものロープが吊るされおり、また壁面はビルの外観が再現されていた。


「これは5階建てのビルに相当するけど、この程度の高さから飛び降りる分にはスーツとブーツの力で無傷で済むわよ」


「ブーツ?」


 思わず隆輝は立ったまま靴の裏を見る。


「プロテクターと同じ衝撃吸収に優れた素材で、足音も消してくれるから、耳の良いNMに対しても効果的よ」


「なるほど」


「じゃあスーツの起動方法だけど、これは音声認識になっているから、「BFS起動」と言ってみて」


「BFS起動」


 するとヘルメットのバイザーを通じて、視界にはシステムチェックの文字列が映し出されるが、各項目には次々とOKの文字が表示されていく。

 それが終わると、視界の端に数字が現れるが、活動限界である45分をカウントダウンしているものであった。


「無事起動出来たようね。終了する時は先程の逆で、「BFS停止」でも「BFS終了」でも大丈夫よ」


「あの、音声認識という事は、誰もが起動できる訳ではないのですね」


 晶は遠慮がちに右手を上げながら質問する。


「そうよ、一応スーツは機密扱いだから、もし第三者の手に渡っても起動は出来ないようになっているわ。だから実際には音声だけではなく、ヘルメットによる虹彩と網膜の認識も行っている訳」


「厳重なんですね。でも、そこまでしてこのスーツの秘密を守るって言うのが、俺にはまだ理解出来ないですけど。むしろここまで凄かったら、多くの人が着ればNMを全滅させる事も夢じゃないんじゃあ」


 隆輝の言葉に香織は何かを言おうとするが、それよりも早くアイリが隆輝の前に立つ。


「隆輝、スーツを軍事転用したら、それを着るのは私達と年齢が変わらない子供達になるのは分かるよね」


 隆輝の疑問に答えるアイリの口調は優しく落ち着いたものだが、それだけに隆輝にはその重さが伝わってくる。

 そしてその内容が、隆輝も一度は耳にした事がある少年兵の問題に繋がる事は理解出来た。


「なるほど、戦場に駆り出される少年兵が増えるわけか」


「そう」


「ごめん。俺が浅はかだった」


「ううん、いいの。私もお母さんに教えられるまで知らなかったし。むしろ偉そうに言ってごめんなさい」


「いや、俺が悪いんだし、アイリが謝る事は」


「いや、私が」


 その時香織が咳払いをすると、隆輝とアイリの動きが止まる。


「2人とも、間違っても出動中には、そういう事はないように」


 その言葉にカウントダウンを見ると、すでに3分が経過していた。


「すいません」


 隆輝とアイリの声はシンクロする。


「まあ、出動時は起動限界時間というものがあるけど、訓練でも緊急時の事を考えて、スーツを起動させるのは最大15分迄で、それも2日に一度の制限付きだから、そんな事で時間を食ったらどうなるかしら?」


「勿体ないです」


「よし、じゃあ始めるわよ」


 香織の言葉と共に訓練は始まるが、残りの時間でロープの昇降や、ビルでの移動をスーツの性能を確認しながら行う。

 その中で身体能力が上がった事に隆輝と晶は気分が高揚しており、香織は困惑した表情を2人に向ける。


「気持ちは分かるけど、飛沢と桂木は、もっとセーブしなさい」


「どうしてですか?」


 香織の言葉に、隆輝は思わず不服そうな声を上げる。


「身体が慣れないと、後で酷い目にあうわよ」


「スーツの力で補助されているけど、実際には強い負荷が身体にかかっているから、実際には高重量でトレーニングしているようなものよ。それに耐えられるだけの身体になるまでは、最低でも3ヵ月は必要ね」


 香織と眞澄の言葉に、晶は素直にそれを聞き入れるが、一方の隆輝は理解しようとするも、完全にスーツの能力に夢中になってしまい、抑えが効かないまま訓練を続ける事になる。


 そして訓練は無事終了するが、たった15分の使用にも関わらず、スーツの機能を停止した途端、特に隆輝と晶は自分の身体が自分のものではないと錯覚するほどの疲労感と倦怠感に襲われる。


「これは、ちょっとキツイな」


「本当ですね」


「2人とも大丈夫か?」


 晋一は2人の様子に、苦笑しながら声を掛ける。


「晋一は大丈夫なのか?」


「流石にこの程度なら慣れたな」


「そ、そうか、すごいな」


「いや、俺達も通って来た道だから」


 晋一はそう言ってアイリを見ると、彼女は笑顔で頷く。


「明日の朝は大変だよ」


 アイリが笑顔のままそう言うと、隆輝と晶は顔を見合わせる。


「嬉しそうだな」


「えっ? そ、そんな事ないよ」


「アイリ先輩って」


「あ、晶ちゃんまで」


 そんな他愛のないやり取りを尻目に、香織と眞澄はタブレット端末を片手に4人を、特に隆輝を見ていた。


「やっぱり凄い相性ね、飛沢君は」


「ここまでくると、スーツと相思相愛と言っても過言じゃないわ」


「でも彼、明日の朝どうなるかしら?」


「眞澄、待機しておいてね」


「了解」


 眞澄は意味ありげに笑みを浮かべた。

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