第16話

 そして訓練を始めて2度目の週末となったその日の午後、食堂にやって来た香織が隆輝と晶、そしてアイリの3人を見つけると近寄ってくる。


「東城は?」


「サッカー部だと思います」


「そう、まあ東城は後でもいいか」


「どうかしましたか?」


 アイリの問いに、香織は隆輝と晶を見る。


「ようやく2人のスーツが届いたから、早速今日の訓練からスーツ着用で行うけど、2人は初めてだから東城と一ノ瀬でサポートして欲しいと思って」


「分かりました」


「晋一には伝えておきます」


 そして訓練前、隆輝はスーツを受け取り晋一と共に更衣室に向かう。


「思ったより軽いんだな」


「ああ、俺も最初は驚いた」


 スーツの表面は一見、重厚感すらありそうな質感で、その生地は肉厚であるものの、手に取った時の重さは、普段着る衣類より多少重さを感じる程度のものであった。


「ただ、これを着るのには、一つだけ制約があってな」


「制約?」


「ああ」


 そこで躊躇うような表情を見せる晋一を見て、隆輝も思わず身構える。


「その制約って?」


「つまり、なんだ、力の伝達をスムーズに行うやるとかで、余計な物がスーツと身体の間にあるのはマズイらしいんだ」


 隆輝は晋一の言葉を理解し、思わず顔を強張らせた。


 着替えを終えた隆輝は、晋一と共に香織の前に現れるが、そこには普段その場にいない眞澄の姿がある反面、アイリと晶は予定の時刻になっても一行に現れなかった。

 痺れをきらせた香織が更衣室に向かうと、しばらくして香織はアイリと晶と共に戻ってくるが、晶はアイリの陰に隠れるように歩いている。


「2人とも、晶が慣れるまでは、極力彼女に気を使う様に」


 香織は隆輝と晋一だけに聞こえるような声量でそう言うと、2人は言葉の意味を理解し、出来る限り晶を視界に入れない様に努める。

  実際にスーツは身体のラインを多少目立たせはするものの、生地の厚みがある為と、ウエットスーツ程度の見た目で、決して扇情的に見えるような造りではない。

 それだけに、スーツの中身がどうなっているか考えない限りは、平常心を保てる状況であった。


「一ノ瀬と東城は知っている事だけど、少し付き合ってもらうわね」


「はい」


 2人の返事の後、香織は眞澄を見ると、眞澄は一歩前に出る


「さて、今の状態では、ただのウエットスーツみたいなものだけど、ヘルメットと接続して起動させると、その能力を発揮出来るわ」


 眞澄はそう言いながら、4人にヘルメットを渡す。


「そしてこれは大事な事だから忘れないようにして欲しいんだけど、スーツの能力は凄いけど、あくまでそれは身体に問題がない状態での事なの、逆に身体が傷付いている時には、その力は自らに返ってくるから」


 隆輝はその説明に対し挙手をし、眞澄はそれを見て頷く。


「あの、傷付いている状態というのは、どの程度の事を?」


「そうね、身体能力の限界は脳によって決められるけど、スーツはそれをも無視して身体を動かすわけなの」


 眞澄はそこで一瞬考える仕草を見せるが、すぐに続ける。


「例えばちょっとした傷を負った場合でも、通常なら人は痛みを感じ、それ以上動いて傷を広げる様な真似はしないけど、スーツはそういう事はお構い無しだから、傷は広がり出血も増すという感じかしら」


「じゃあ、例えば骨が折れても、スーツの力で動かせるという事ですか?」


「そうよ、スーツを着ている間は、運動機能はサポートされるから。でもその場合、スーツを脱いだ後でどうなるか分かるわよね」


「まあ」


「だから、そういう時は首の後ろにある強制停止ボタンを押せば、スーツは機能を停止するわ。もし自分以外の仲間がそういう目におちいっても助けられるようにね」


 その言葉に、隆輝は思わず周りにいる3人を見回す。


「案外、怖いものなんですね」


「そうね、まあナノマシーンには使用者の生命と安全を第一に優先するプログラムを施してはあるけど、まだ不確定要素があるから、完全には信用しきれないというのが悩みね」


 そう言うと、眞澄は香織を見る。


「じゃあ、総員ヘルメットを着用」


 香織の言葉に隆輝達はヘルメットを被る。

 首の後ろでカチャと何かが接続される音がすると、同時に視界はハッキリしてきた。


「今までの訓練でも光学機器は使っていたけど、これは比べ物にならないわよ」


 なぜか香織は楽しげに言う。


「使用するにはどうすれば?」


 晶の問いに、眞澄は部屋の奥を指差す。


「じゃあ2人とも、壁にあるスイッチを見て」


 言われるがまま2人は照明のスイッチを見る。


「そのままそれを拡大したいと思って」


「拡大?」


「脳波を感知するから、考えるだけでいいわ」


 隆輝は眞澄の言葉を完全には理解は出来なかったが、とりあえずそのスイッチを大きく見ようと思うと、見ているスイッチは倍以上の大きさに拡大された。


「おお」


 隆輝だけではなく、晶も小さく感嘆の声を上げる。


「2人とも出来たようね。じゃあ一度元に戻して、今度はあのスイッチとの距離を測ってみて」


「えっと距離は」


 晶は小さく呟くが、その視界にはスイッチとの距離が表示される。


「3メートル12センチ」


「望遠に赤外線、サーモグラフィーの機能も付いているわよ」


 その言葉に隆輝は頭の中でサーモグラフィーと考えると、視界は青くなるが、香織と真澄が緑から黄色、所によって赤く見えるのに対し、スーツを着ているメンバーは一様に青から緑に表示されている。


「この間説明したように、スーツの表面温度は、ピット器官をもつNM用対策として、低く抑えられているわ」


 隆輝の疑問を察知したのか、眞澄が絶妙なタイミングで説明をする。


「しかし、凄い機能ですね」


「まあ、事前に存在を感知する事が出来ないNMに対しては、文字通り目が大切だから」


 眞澄の言葉に、隆輝も晶もただ納得するだけであった。

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