第9話

 そうしている内に3人は寮に到着すると、隆輝はそのまま晶の荷物を運ぼうとしたが、3階に上がる階段でアイリに止められる。


 アイリの話では3階建ての寮は1階が食堂や浴場などの共用スペース、2階は一部男女共用スペースはあるものの、基本的には男性用の居住スペースで、3階は完全に女性用の居住スペースになっている為、男子禁制になっているとの事であった。

 なお寮には4人の他に香織ともう1人の関係者が住んでいるらしいが、部屋は余っており特に2階の部屋の空室が多いとの事。

 しかし性質上、住民を易々と受け入れる訳にもいかないので、結局、現時点では何ら対策はとられていないらしい。


 隆輝は2人と別れ、自分にあてがわれた部屋に着くと、そこにはすでに実家から送った荷物が届いており段ボール箱が積まれていた。

 部屋の広さは1人で生活する分には何の問題もなく、ベッドやデスクはもちろん、エアコンやテレビ、そしてPCまで備え付けられており、実家の部屋との違いに驚くしかなかった。


 ふと見ると部屋の窓からは海が見えており、隆輝は思わずベランダに出る。

 そこから海までの距離はそれなりに離れており、海岸際には防波堤と対NM用の投光器が設置されているが、同時に学校の施設にしては不自然なほど広いスペースを持つ駐車場があり、春休みという事もあるだろうが、車は一台も止まっておらず、隆輝は思わず首をかしげる。

 しかし、その駐車場から寮までの間は防風林をはじめ、ちょっとした芝生や樹木が配置されており、人為的に配置された自然とはいえ落ち着く景色であった。


 しばらく外の景色を眺めていたが、不意に上の階からアイリと晶の声が聞こえてくる。

 流石に会話の内容までは分からなかったが、黙って聞くのは盗み聞きをしているように思え、早々に部屋の中に戻った。


 その後、隆輝はとりあえず片付けは後回しにして部屋から出ると、階段から降りて来るアイリと会う。


「あれ、晶は一緒じゃないのか?」


「ちょっと疲れたから休むって」


「そうか」


 隆輝はモノレールで見た晶の様子を思い出し、1人旅な上にあれだけ周囲を警戒していれば、疲れるのも無理はないと理解する。


「これからどうするの?」


「折角だから、散歩がてらこの辺り回ってみようと思う」


「そうなんだ。でもあまり遠くに行かない方がいいよ」


 アイリは神妙な表情を見せる。


「下手すると迷うから」


「まさか」


「いや、本当だから」


 アイリの真剣な表情に隆輝は眉をひそめる。


「案内したいところだけど、部活の途中だから」


「気持ちだけ受け取っておくよ」


 そして2人は学校まで一緒に移動すると、アイリはラクロス部の練習に戻っていき、隆輝は適当に学校の周りをうろつく。


 駅から見ただけでは分からなかったが、多目的グラウンドに、専用のサッカーグラウンドや野球場まで備え、更にはクラブハウスに体育館やプール、テニスコートなども見てとれ、先程アイリが言ったように、この学校がいかにスポーツに力を入れているのかという事だけではなく、いかに資金が豊富か驚かされる。


 途中サッカーグラウンドで練習しているサッカー部の練習を眺めながら、この中にアイリが言っていた東城晋一という、ナイトガーディアンのメンバーがいる事を気にするが、グラウンドの周りは女子生徒が集まって黄色い声援を上げており、居心地の悪さを感じた隆輝は早々に退散する。


 その後、ラクロス部を見つけるも、女子しかいない為か一部の部員の隆輝を見る目が冷淡なものであったが、アイリが気付いて手を振ってくれて事により、不審者の汚名を着る事はなかった。


 そして隆輝は剣道場を探してみるが、畳が敷き詰められた柔道場はあるものの、剣道場は見つからず、更に歩いていると建設中の建物に出くわす。

 その形を見る限りそれが剣道場だと理解するのに時間は掛からなかったが、同時に今まで剣道部というもの存在しなかった事にも驚きを覚えた。


「見学とは感心感心」


 不意に背後からかけられた声に隆輝は驚きつつ振り向くと、そこにはいつの間に香織が立っていた。


「会議は終わったんですか?」


「ええ、それで校舎からあなたが歩いているのを見かけたから」


「それにしても、剣道部って無かったんですね」


「そうよ。あなたの為に作るようなものだから」


 その言葉に、隆輝は思わず表情を強張らせる。


「そんな顔しないの。私達にしてみれば、あなたにはそれだけの価値があるという事だから」


「それはそれでプレッシャーが」


 その言葉に香織は隆輝の背中を平手で叩くと、結構な音が周りに響いた。


「あいたたた」


「しゃっきりしろ、飛沢隆輝!」


 その言葉に、隆輝は困惑した表情で笑顔の香織を見る。


「ま、これからが大変だから、覚悟はしておいてね」


「何か急に印象が変わったような」


「それはそうよ、これからは遠慮は要らないし、それと私の事は学校では三田村先生と呼ぶように、それ以外なら香織さんでも可よ」


「はあ」


「じゃあ、また後でね」


「あ、そう言えば、アイリから気をつけないと迷うって言われたんですが、確かに広いけど道は簡単ですし、あれは冗談ですよね」


 隆輝の問いに香織は口角を上げる。


「一ノ瀬は方向音痴だから」


 その事を本人は知ってか知らずか、寮に戻ってアイリと会った隆輝は迷わず帰って来れた事をひたすら感心されたのであった。


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