第8話


 一方、職員室の香織の前に1人の女子が現れるが、その女子は部活中だったらしく、練習着である体操服姿で少しばかり息を切らせていた。


「そんなに急いで来なくても良いのに」


「呼び出されるのに、慣れていないので」


「悪かったわね。それで一ノ瀬、一つ用事を頼まれてくれないかな」


「いいですよ」


「流石一ノ瀬、じゃあ悪いんだけど、この後急な会議が入ったから、私の代わりにこの2人を寮まで案内してくれるかな」


 香織はアイリに2人の顔写真付きの書類を見せる。


「もしかして、この2人は」


「そう、新しいメンバー」


 その言葉にアイリの表情は明るくなった。


「分かりました」


 そう返事をすると、アイリはすぐにその場から離れようとするが、香織は慌ててそれを制止する。


「ちょっと一ノ瀬、待ち合わせ場所も教えてないでしょ」


「そ、そうでした」


 いくつか説明を受けたアイリは、それが終わると早足で職員室を後にする。


 その頃、隆輝は携帯を取り出し時間を確認すると、待ち合わせの時間が間近に迫っていたが、香織が来る気配はなかった。


「電話してみるか」


 隆輝が香織の番号に掛けようと思った時、突然、晶が学園に向けて指を差す。


「こちらに走ってくる人がいますけど」


 晶の言葉に隆輝も確認するが、結構な勢いでこちらに向かって来る女子に思わず驚いてしまうが、その女子は2人の前で足を止めると必死に息を整える。


「あ、あの、飛沢さんと、桂木さん、ですよね」 


「落ち着いてからで良いですよ」


 隆輝の言葉に晶も首を縦に振り同意する。そして、それには女子も賛同したらしく、しばらく呼吸を整えるが、その間に隆輝は自販機で飲み物を買い女子に手渡した。


「あ、ありがとうございます」


 顔を上げた女子に、隆輝は思わず目を奪われる。

 その明るい栗色のショートボブは光と風に当たってゆらゆらと煌き、そこから覗く青みがかって澄んだ瞳がまっすぐ隆輝を捉えていた。そしてその優しげな微笑に、隆輝は次の行動を起こせず静止する。


「あの、どうかしましたか?」


「い、いや、なんでも」


 見とれていた事を自覚した隆輝は、耳が熱くなるような感覚にとらわれるが、それを悟られない様に平静を装う。そんな隆輝の内心を知ってか知らずか、その女子は特に気にする様子も見せず笑顔を浮かべている。


「それより、どうして私達の名前を?」


「はい、三田村先生が急な会議で来れなくなったので、代わりに迎えに来ました」


「それはどうもです。でもそんなに慌てなくても」


 晶の言葉に女子は明るい笑顔を見せる。


「だって、待ち合わせの時間に遅れそうだったし」


 そう言って2人を見ると、更に笑顔が大きくなる。


「それに2人に早く会いたかったから」


 その言葉に、隆輝と晶は思わず気恥しい思いになる。


「改めまして、一ノ瀬アイリです」


 アイリはそう言うと隆輝に向けて手を差し出す。隆輝がその手を握るとアイリは優しく微笑む。


「俺は飛沢隆輝」


「隆輝、格好良い名前ね」


 名前で褒められた記憶がない隆輝にとって、アイリの言葉は居心地が悪くなるが、すぐにアイリの笑顔から嘘やお世辞といったものが含まれていない事が分かり、素直に喜ぶ事が出来た。

 隆輝との握手を終えたアイリは、すぐに晶に手を差し出す。晶は一瞬躊躇しつつもその手を握る。


「桂木晶です」


「晶、素敵な名前ね。それに髪が綺麗で素敵」


 晶も隆輝と同様だったらしく、今日初めて笑顔を見せる。その笑顔はどこかぎこちなさがあったが、傍目から見ていた隆輝も思わず微笑んでしまう。


「じゃあ、早速寮に案内するね」


 アイリはそう言うと、晶の荷物を手に取り隆輝もそれに続く。


「あ、ちょっと」


 晶が慌てて二人に声をかけると、振り返ったアイリは笑みを浮かべる。


「気にしないで、勝手にしている事だから」


 その言葉に晶と隆輝は顔を見合わせ笑う。


「どうかした?」


「い、いえ、先程同じ光景を見たものでして」


それを聞いたアイリは、すぐに2人の間であったものだと理解して、納得したような表情を見せる。


「じゃあ、行きましょうか」


  寮までの道すがら3人は自己紹介を兼ねた雑談をしていたが、そこで晶は転校ではなく隆輝とアイリの1学年下で今度入学する新入生である事が判明する。

 そしてその家は代々続く古武術の道場らしいが、家の事はそれ以上話したがらないばかりか、自分の事を話すのも苦手の様子であった。


 一方のアイリはアメリカ出身で、アメリカ人の父と日本人の母のハーフだが、両親は既に離婚しており、姉が1人に異母妹弟が2人いるとの事であった。

 そして父親は世界的にも名の知れた企業を経営しているだけではなく、母親は母親で日本で会社を経営しており、互いにその企業は学園とも関係が深いらしく、アイリは母親を手伝う為にも来日したとの事である。

 ちなみに一ノ瀬アイリという名前は、母親の姓を用いた日本籍での名前であり、本名はアイリ・フランセス・ミラーズというらしい。


「そう言えば、一ノ瀬さんは」


 そこまで言って隆輝は口をつぐむ。本当はアイリがナイトガーディアンの関係者かどうか確かめたかったのだが、もしアイリ自身が無関係の人間であれば、ナイトガーディアンの名前を出すのも避けるべきではと考えたからであった。


「私はナイトガーディアンの実働部隊の一員だよ。と言っても、現時点で実働部隊は2人しかいないのだけど」


 アイリは隆輝の疑念を読み取ったらしく、さらりとそう言ってのける。


「一ノ瀬さんが?」


「それに2人って」


 隆輝も晶も驚くが、同時に驚いた様子で互いに顔を見合わす。


「その、桂木も?」


「これは、驚きました」


「今日から私達は仲間だから」


 驚く2人を見ながら、アイリはそう言って笑う。 


「そう言えば、私がメンバーなのは意外?」


 アイリはそう言って悪戯っぽい笑顔のまま隆輝を見る。


「まあ、そういう風には見えない」


「飛沢君は正直だね」


「まあ、ね」


「それともう1人は晋一しんいち、えっと東城とうじょう君ね。今サッカー部の練習に出てるから後で会うとは思うけど」


「サッカー部? そういえばこの学校はクラブ活動が盛んなのか?」


「力を入れているのは確かだよ。学園の方針も文武両道をうたっているし」


「一ノ瀬さんのその格好も、何かの部に?」


「私はラクロス部だよ」


 そこで隆輝は、先ほど放送でアイリが呼ばれていた時の事を思い出す。


「あの」


 それまで黙って2人の話を聞いていた晶が、おずおずと声を上げる。


「クラブ活動って、皆参加しなければならないのですか?」


「別にそういう訳ではないけど、私も晋一もそれぞれ経験者で、むしろ息抜きになるから」


 その言葉に晶は安心した様子を見せる。 


「そうだ、私の事はアイリで良いよ。仲間なんだし、私もその方が慣れてるから」


「じゃあ、俺も隆輝で良いよ」


 2人は同じタイミングで晶を見ると、晶はバツが悪そうな表情を見せる。


「まあ、無理強いは出来ないか」


「そうね」


「あ、晶で、良いです」


 晶は若干顔を赤くしながら小さな声で呟いた。

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