第6話

 翌朝、隆輝は生まれてから今まで過ごしてきた自宅を後にすると、伯父に挨拶をするべくバイト先でもあった中華料理店に寄った。


 伯父からは昨夜の内に、店を空ける訳にはいかないという理由から、見送りにはいかない旨を伝えられていたが、この1年親身になってくれた伯父に対し、せめて礼を言わねばと、まだ開店前の店の扉を開くと、伯父は仕込みの最中であった。


「おはようございます」


「おう」


 伯父はいつもの様にぶっきらぼうに答えると、そのまま仕込みに集中して、隆輝の方を見ようともしなかった。


「どうした、出発するんじゃなかったのか?」


「いや、せめて挨拶でもと思って」


「そういうのはいい」


 隆輝はその態度に戸惑いつつも、これまでの感謝と別れの言葉を伝える。


「本当にお世話になりました。ありがとうございました」


 しかし伯父からの反応はなく、肩透かしされたような気がした隆輝は、思わず苦笑する。


「じゃあ、行ってきます」


 そう言って隆輝は、店を出るべく店の戸に手を伸ばした。


「頑張れよ」


 そう告げた伯父の声は震えており、それを聞いた隆輝の眼からは突然涙が溢れだす。

 その事に自分でも驚いた隆輝は、それを悟られまいと深々と頭を下げ、急いで店の外に出る。

 そして今一度店に向かって深々と頭を下げると、駅に向かうべくその場を後にした。

 

 そして、この町を離れるべく駅に向かうと、そこには志野倉家の面々や、高校の担任や同級生、そしてそれ以前からの付き合いのある友人達が見送りに来ており、ちょっとした集団が形成されていた。

 その事は隆輝には知らされておらず、驚いた隆輝は反射的に朝海を見る。


「みんなも、隆輝に会いたがっていたからさ」


 その言葉に隆輝は一瞬目頭が熱くなるが、息を吐いて気持ちを落ち着かせた。


「ありがとな」


 隆輝が朝海にそう告げると、朝海は驚いた表情を見せるが、すぐに落ち着いた様子で頷いた。


 その後、隆輝は出発までの時間を使って友人達と思い出話に花を咲かせるなど、その場の雰囲気は、悲壮感など無く明るく賑やかなものであった。


 しかし隆輝の乗る列車がホームに到着すると、妹の美月が堪えきれず泣き出す。


「どうした美月、もう中学3年になるんだから大丈夫だろ」


 隆輝は優しく言いながら、美月の頭を撫でるが、美月は声にならない声を上げ、隆輝にしがみついた。


「美月ちゃん、今日は泣かないって約束したでしょ」


 そう言って、朝海は美月の肩を抱くが、その朝海の表情も次第に崩れ、その目からは堰を切ったように涙が溢れだしていた。

 朝海の様子に隆輝は戸惑いを隠しきれず、どうにかしなければと思うが、気が付けば右手で朝海の頭を撫でていた。

 その行為に朝海は困惑した表情を浮かべるが、やがてそれは笑顔に変わる。


「何よ、それ」


「なんとなく」


「美月ちゃんと同じ扱いなんだ」


 そう言いながら、抵抗することなく頭を撫でられているが、やがて落ち着くように一つ息を吐いた。


「もう大丈夫だから」


 その言葉に隆輝は手を引っ込める。


「ごめん」


「何がだよ」


「泣いたりして」


「本当だよ」


 溜息交じりに隆輝がそう言うと、朝海は苦笑いを浮かべる。


「誰も、お前の泣くところなんて見たくないだろ」


 隆輝の口調から呆れた様子が感じられると、朝海も思わず神妙な表情に変わった。


「朝海は笑顔の方が似合うんだよ」


「なっ」


 朝海の顔は途端に赤くなり、その事は朝海本人も自覚したらしく、慌ててそっぽを向く。

 その様子を見ていた友人達から、からかうような声が上がるが、同時に列車が間もなく発車するとのアナウンスが流れると、途端に静かになる。


「じゃあ、行ってくる」


 隆輝は今一度、そばにいた美月の頭をポンと触れると、列車に乗る前に皆に向かって頭を下げた。

 皆も口々に、隆輝へ向けて別れの言葉を投げかけ、隆輝は笑顔でそれに応えながら列車に乗り込むと、すぐに列車のドアは閉じられる。


「連絡ちょうだいよ」


 朝海の言葉に笑顔で頷くと、動き出した列車の中から手を振る。朝海と美月もそれに応え手を振るが、すぐに隆輝の姿は見えなくなった。

 他の皆が早々に引き上げていく中、美月と朝海は隆輝の乗った列車が見えなくなっても、しばらくの間ホームから離れる事が出来なかった。


 一方の隆輝は自分の席に座ると、流れていく景色をしばらく眺めていたが、大きく息を吐くとすっと目を閉じた。



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