第二章 ツギハギ(25)
「総司はな、俺たちとは違って良い家、まぁ武家生まれでな。」
笑顔にかげりを見せながら、近藤はぽつりぽつりと話し出す。
「あいつは長男だから、本来であれば今頃家を継いでいるか、そのための準備をしているはずの奴だったんだ。
こんなところで俺たち農民と獣道を進む必要なんかないような奴なんだよ……。」
近藤は深く息をつきながら、自身の側にあった火鉢をふと見やると、それを鈴音の方に押し滑らせる。
近づけられた火鉢から伝わるはずの暖かさを感じ取ることができない鈴音は、火鉢に視線を落としながらも、今回は敢えて口を閉ざしたままにした。
今それを行うことは、多くのことにおいて無粋であったからだ。
腕を組んだ近藤も、火鉢に視線を預けたまま再び話しを始める。
「少々悪戯の過ぎる明るい素直な子で、よく世話を焼いてくれる姉のミツさんには特に懐いていたらしいんだ。
四つの時までに両親を亡くしているあいつからしてみれば、ミツさんは親代わりでもあったんだろうな。
武家生まれで真面目な女性だったらしくて、礼儀作法や家のことになると取り分け厳しかったようだが、それでも、ある時までは……優しい面も見せてくれていたらしい。」
隙間風がひゅぅと入り込み、障子がカタカタと揺れる。
そんな音が合わさると近藤は首を縮めた。
「だが、どう頑張ったところで家の主人がいないままにしておくことはできない。
だからといって嫡子の総司に家督を継がせるにはあまりにも幼いからと、ミツさんが婿養子を取ることで沖田の家を護る形をとったんだ。」
「安徳君じゃねぇもんなぁ。
ま、あれはあれで長くなかったけどさ。」
何事かを思い起こしているのか。
どこか虚ろに火鉢を視界に捉えている鈴音がぼそりと呟く。
「……ん……あ、あんとくくんとは……。
お知り合いの方かな。」
近藤が真剣に言葉の意味を考察しようとするため、鈴音は手で軽く空を払ってみせた。
「いや、良いよ。
大したことじゃねぇから。
で。」
まだ勝手を知りきれていない相手と親交を深める機会だと喜ばしく思った気持ちは容易く払いのけられた。
近藤は肩を落としながら、話しに戻る。
「えーっと……あ、そうそう。
で、その婿殿がなぁ……。
総司と折りが悪いというか、あいつを目の敵にしたみたいでなぁ。
要は元の嫡子である総司と、家督を継いだ婿が同じ屋根の下にいることに抵抗があったらしいんだが……難しいかな。」
武家の複雑な事情故に、噛み砕いて一から説明してやるべきかと近藤は土方に助言を求めるが、それより早く鈴音が言葉を発した。
「分かるよ、そのくらいなら。
本物の跡継ぎと似非跡継ぎなんだから同じ空間にいたら肩身が狭く思えんだろー。
身内には婿を反対してる者がいたかもしれねぇし、そうなってくるとさらにだよな。」
造作もないというような面持ちで言葉を並べる鈴音に、口が開いたままの近藤。
「それに、物心つかないガキの時分で、ずっといる訳ねぇんだから、そのうち本来の流れ通り自分が家督を継ぎたい。
なんて沖田が言い出すかもしれねぇし、言わなくても周りが焚きつけるかもしれねぇし。
そんなことになったら家督も命も失い兼ねないんだから、遠ざけたいわな、本物の跡継ぎなんて。
幾つ分の目の上の瘤になるか分かりゃしねぇんだから。
それこそ安徳君だよ。」
間抜けな表情の近藤を余所に、土方は敵意なく眼を光らせる。
よほどの物分かりの良さか、武家に携わる・焦がれて学んだ者以外で、この話し、いや感覚にあたるものを少しも難しがらずに受け入れられるとは思えない。
やはり学のある者なのか……。
土方の脳裏に鈴音の扇が蘇る。
骨に家紋らしきものが彫り込まれた扇。
何か分かることはないかと、鈴音を見つめていると、視線の槍に刺された女がこちらに面を向ける。
「何だよ。」
「いや……。」
「このくらいならあたいだって分かるよ。」
このくらいのことが分かるからこそ、はっとした無言の空気に部屋が包まれているのだ。
当の本人は、二人がその逆による視線と間抜け面を浮かべているのだと思っているようだが。
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