第二章 ツギハギ(24)



「また時間くっちまった。

くだらないことなんかするんじゃなかったぜ、本当にもう。」



 ぶつぶつ呟きながら足早に進む鈴音の後を、沖田は一生懸命に追う。必死にならなければ追いつけないのは、鈴音の足が速いということや、自身の年齢的なことばかりではなく、勝手場に後ろ髪引かれる思いがあることが大きかった。



 瞳を閉じ味噌汁を端々まで味わっていた男の顔が脳裏に焼き付いている。



 どんな味だったのだろう。



 口にしてみたい気持ちが足を遅くさせる。


 飯の刻限になれば食うことはできるのであろうが……。


 目の前の背中に投げかけられない自然な感情を口の中で転がしていると、華奢な背がぴたりと動きをとめる。


 はっとした沖田も足を止め、三寸ほどの距離から鈴音の様子を窺う。


 押し殺さなければいけないものが顔に滲み出てしまっていたのだろうか。それとも、歩くことが遅すぎたのであろうか。


 何か自分でも気づき兼ねていることで叱られるのかと、欠けた表情の奥で不安に思っていると、女は右隣の部屋を向き障子に手をかけた。



 そうしてこちらへ頭を回す。



「おい、早く。

何突っ立ってんだよ。

あいつ口五月蠅ぇんだから早くしろって。」



 沖田は足を走らせ、鈴音の横に身を持っていく。



「あたいだけど、入るぞ。」



 障子で仕切られた部屋の中から、ぶっきらぼうな返事が聞こえると、色の白い手が戸を横に引いた。



「誰が口五月蠅ぇんだ。」



 開閉一番に部屋の主から発せられた小言を受け、目の前の背は部屋に入って行く。


 入室しながら鈴音が舌を小さく鳴らすと、間髪を入れず注意の声が飛んだ。


 沖田は遅れないようにと、揺れる総髪を追い部屋に入っては障子を閉め、腰を下ろしている鈴音の側で自身も尻を畳につける。



「何で総司をつれてきた。」



 真正面には土方と近藤が座っている。鋭く細めた鬼の目に一瞥された、沖田はそっと鈴音に身を寄せる。



「うろついてたから連れてきた。

迷子になるよりかはましだろ。」



「そうかそうか。

それは助かったよ、鈴音さん。

総司、飯はちゃんと食ったか。」



 近藤が口を開いたため、土方は難しい顔のまま口をつぐむ。



「……はい、食べました。」



 向けられる豪快な笑みを素直に受け止められず、視線を少しばかりずらしながら沖田は答える。



「良かった良かった。

飯は元気の源だからな。

……沢山は食べさせてやれないが、しっかり食うんだぞ。」



 言葉の終わりに向けて声の大きさが小さくなっていく近藤に、沖田は首を縦に振って見せた。



「うん、良い返事だ。

あ、そうだ、鈴音さん。

飯の話ついでになってしまうのだが、食事は一緒に取らないか。」



「嫌だよ。」



 首の後ろを揉みながら、鈴音はぶっきらぼうに返す。



「そう言わずに。

皆、君や静代さん達と親しくなりたいと思ってるんだ。


勿論、覇王君とも。


それに親交を深めることが、今後の活動を優位に運ぶことにも繋がるじゃないか。」



 他人の目など気にとめることもない微笑みが、鈴音の返事を喉に詰まらせる。



「近藤さん、んな話してる場合じゃねぇだろう。」



「あ、そうだったな。」



「総司、一人で部屋に戻れるか。」



 腕を組み土方は、身を強張らせながら警戒的な視線を携える沖田に向き直る。



「……帰れます。」



 小さな体は上に向けてさっと膝を伸ばす。

太ももあたりの袴を手の中で弄びながら、元来た道を辿るように歩き、障子を開閉して去っていく。


 部屋を出る幼い背は、入ってきた時よりも丸くなっているように見えた。



「トシ、何も追い出さなくても良いじゃないか。

総司がいたからって問題のある話じゃないだろうに。」



 困惑した面持ちで閉められた襖と土方の顔を交互に見る近藤に、土方は溜息をつく。



「寺子屋じゃあるまいし、ガキが聞いて分かる話でもねぇんだ。

身が縮んだだの、本当は幾つも歳を重ねてるだの、あいつだってまだ混乱してるに決まってる。


こんなところでさらに訳の分かんねぇ話聞かされるくらいなら、てめぇの部屋にいる方が気も落ち着くだろう。」



「総司は寂しがりなんだぞ、お前が思うよりもずっとだ。

あんな言い方して輪から外すようなことをしたら傷ついてしまうじゃないか。」



「近藤さん、あんたがそうやって甘やかすから、あいつもだんだんと調子に乗るんじゃねぇか。」



「少しくらい良いじゃないか。

総司は今、深い傷を負ったあの日の総司なんだ。

お前はその時を知らないかもしれないが、前に話しただろ。」



 土方は深く息を吐いた。呆れたと言いたげな深く長い息であった。



「折角ここまで自分で遊びにきたというのに……。


……そういえば、総司は鈴音さんには懐いているみたいだったが。」



 物も言わず自前の刀に視線を落としていた鈴音は近藤を見た。



「懐くって、言うほどでもないだろ。

別に会話だってしてねぇし。」



「いや、そんなことはないだろう。

あの齢の総司は、中々言うことも聞いてくれないし、聞いたとしても気分だったりと、扱いが難しい時なんだ。

会ってすぐの君についてくるなんて……。」



「いや、さっきこいつの言うこと聞いてたじゃねぇか。」



 土方を顎で示すと、近藤は苦笑する。



「いや、多分俺と近い人間だと思ったからだろう。

下手をしたら追い出される、そう思っているんだ、今のあいつは……。」



 懐いている。



 そんな風には思えなかった。


 青年であった時と比べれば、少しばかり態度が柔らかく思えるが、それは幼子の心持ちになったからであって懐いたと言えることではないだろう。


 そんな風にも思えたが、沖田のことを知っているのは近藤である。

 鈴音が黙ったままでいると近藤は話しを続けた。



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