第二章 ツギハギ(22)

 そんな具材を浮かせた鍋は、ほのかに熱を放ち水が温まっていることが感じられた。


 先ほど、味噌は少々入れたところである。



 ここで斎藤の顔が歪む。



追い味噌をすべきか、このままであるべきか。



 鍋の水は薄い泥水のような色味である。見映え的には斎藤の好みの色であった。だから正直この美しい色味のままにしていたい気もするが、それではいけない気もする。


 毎度の事ながら味見もするが、よくは分からなかった。


 武士なのだから贅沢を言わず、食えるものなら何でも良い。食に関しては、高尚な武士道を被せた心の持ちようでいたため拘りがなかった。


 よって、斎藤的には常に正解の食事を提供しているのであるが、毎度小言を言われることは少し辛くもある。


 そんなことを考えていると、目の前の味噌汁が、普段、食膳に並んでいる汁の色より薄いことに気がつく。


 斎藤は、今日こそは、と密かに胸の内で握り拳をつくりながら、篦にこんもりと味噌を盛った。



 ふつふつと煮え始めた薄色の汁は変わらず目の前にある。


 傷む胃にぐっと力みをこめ、灼熱に篦を伸ばした刹那。



 その手が握られた。



 感じ取ることのできなかった気配に、はっと顔を向けると、男の成りをした女が自分の脇に立ち、篦を手にした手首を掴んでいる。



 人の気配に気がつかないとは……。



 斎藤の額に汗が滲んだのは、煮立つ汁から上がる湯気のせいばかりではなかった。


 知らぬ間に抱いた剣士としての自身への驕りか、それだけ味噌汁に向き合っていたということか、それとも……。


 見つめた女の脇に挟まれた、使い込まれた刀が自然と映る。



「何の用だ。

忙しい、俺は。」



 手首を掴む指は見た目に似合わず強さがある。振り切ることはできるが、篦の味噌が落ちる可能性も高くあった。


 斎藤は鈴音に腕を預けたまま、彼女の足下に佇む童を確認する。

 床に置かれた二つの食膳の側に、自身も膳を置いたばかりの少年は顔を上げると、鈴音の方をちらちらと見つめる素振りを見せていた。



 これがあの若者の真の心根なのだろうか。



 近藤や土方達より沖田との付き合いが浅い斎藤は、少年に視線を送る。


 それに気付いた沖田は眉根を下げながらもどこかふてぶてしさのある顔を彼に向けると、鈴音の真後ろに隠れていった。



 ぷちゃん。



 耳元で水滴が跳ねて沈んだような音がした。

 斎藤は鍋に視線を戻すと、息をのむ。


 味噌篦から味噌が半分消えていたのだ。


 握られた手を振り切り鍋に腹が触れるほどに近づくと、薄い濁りの中央から、徐々に濃い色味が湧き出始めている。

 そんな二層の境界線をなくすように、突き刺された菜箸が鍋の世界で円を描いていく。



 透き通るような淡い茶の世界。



 斎藤からすれば神聖な味噌汁の国である。


 その国に汚れを投入した暴君の姿を探るため、恐る恐る視界の横から刺さる箸の元を辿っていくと……。


 眉間に小さな切れ目を見せながら、こんなもんかと呟いたところの鈴音の顔が見えた。


 すぐ様異を唱える。



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